2008年8月16日のブログ記事一覧-ミューズの日記
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<あれも聴きたい、これも聴きたい> F.ソル作曲 20の練習曲

 あるブログで、若い頃のジョンの弾くF.ソルの「20の練習曲」を取り上げていたので、私も久しぶりにレコード棚から取り出し、さきほど全曲通して聴いてみた。すると自分の若い頃のこともいろいろとよみがえってきて、しばしなつかしい思いに浸ることができた。
考えてみれば、もっと前のギター愛好家の方々がセゴヴィアに抱いたような気持ちを、私はジョンに抱いていて、ジョンがいたからこそ今日までギターに関わってこられたような気がする。私より7歳年長であるジョンは、その日本へのデビュー当時から私のあこがれのギタリストで、その気持ちはいまだに変ってはいない。これはそのジョンがまだ20代の前半と思われる頃に録音した貴重なレコードだ。
そういえば何ヶ月か前だったか、昔長く二重奏を一緒にやっていた酒井康雄君に会ったとき、「そういえば、あのころ演奏がジョンにすごく似ていたねえ」とものすごいことを言われた。たしかに当時私は「ジョンのように弾きたい、ジョンのように上手くなりたい!」といつも願っており、1から10までジョンのことを研究していた覚えがある。ジョンがテレビに出れば食い入るように見たし、演奏会があれば必ず出かけ、ジョンの指使いを徹底的に分析しようと試みていた。しかし、当時いくらがんばってもジョンのように弾けるわけもなく、いつもはがゆい思いをしていたものだった。しかし一緒にやっていた酒井君がそういうということは、やはり知らず知らずに、いつもジョンの「真似」をしていたんだろう。そう思うと少し恥ずかしい気がしたのと、昔のことを思い出して、ついでに少し甘酸っぱい気持ちにもさせられた。

ジョンのデビューレコードは、彼が17歳のときに録音したデュアルテ(デュアート?)編曲のバッハのチェロ組曲1番と3番が裏表のものと、朱色の塔や魔笛、クリオール風ワルツ、ヴィラ=ロボスの練習曲1番などが入ったものとの合計2枚で、それらは両方ともモノラル録音だった。ジョンの来日後しばらく経って荒井貿易に輸入盤として入荷していたが、当時学生だった私にはとても高価で手が出せなかった。(確か当時1枚3000円以上していた記憶がある)その後今回のソルの20の練習曲の入ったレコードが国内で発売されたんだが、そのころ私はソルという作曲家にほとんど興味がなかったので、いかにジョンの演奏といえども購入しようという気になれず、そのままにきてしまった。しかしその後このウエストミンスター録音のソルの練習曲と、ジョンの来日記念盤だったトローバとポンセだけのLP(以前ここにご紹介したことがある)が2枚組みで発売されたので、その時はトローバとポンセのLPを予備として欲しという思いで購入しておいたんだが、迷ったらなんでも買っておくもんだと思った。そのLPが今殆んど針を落とすことなく新品同様の姿で今ここにある。(そんなLPがけっこう沢山あるので、そのうちゆっくり順に聴いていこうと思っているが)殆んど反響音は入っておらず、レコードとしてはなんとも味気ない録音ではあるが、それでもデビューレコードとは違ってステレオ録音になっており、若いころのジョンの溌剌とした演奏が、素晴しい音で、しかもスクラッチノイズもまったく無いという贅沢な状況で鑑賞することができる。

当然、セゴヴィアの選んだ練習曲20曲を、愛弟子のジョンが演奏するということなので、教育的効果は抜群だ。しかもどこをどう聴いてもジョンの演奏ということは丸わかり。つまり今ジョンに弾いてもらっても、ほとんど同じように弾くのではと思えるくらい現在のジョンの特徴がそのまま出ていて、むしろこのとき既にジョンは完成の域に達していたんだなあと感心させられる。全ての音が発弦の素早さを感じさせ、力強く出し切っていてあいまいな表現はまったくない。しかもこれ以上はないと思えるような適切なテンポ感とリズム感、そしてスピード感。そしてところどころに配された適切なアクセント。しかも取って付けた様な余計な表現はいつものように一切していないため、20のどの曲をとってもこれ以上に教育的な演奏はないと断言してよいほどの完成度になっている。この演奏を目の前で弾いてくれたら、ギターを学ぶ者にとってどれほど刺激になることかと思うと、今もってこの素晴しい演奏がなぜCDで発売されないのか不思議で仕方が無い。

曲としてはソルが連曲として書いたものではなく、セゴヴィアがあちこちから集めてきたものだけに、ショパンやリスト、それにドヴュッシーなどが書いたピアノのためのそれとは異なり、それぞれの曲のつながりというか関連性は希薄で、全曲を通して聴き終えた時の芸術的な満足感というものには残念ながら乏しいと言わざるをえない。しかし全てではないが、ギターとして必要な技巧や表現方法はふんだんに盛り込まれており、絶対とはいわないが、ギターを勉強されている方達は、一度は取り組んでみる価値のある曲集だろう。
ただ残念なことに、同じ英国のギタリストであるブリームとは違って、ジョン・ウィリアムスはこの20の練習曲の他には魔笛による変奏曲をただ2回録音しているのみで、その他のソルの作品はほとんど演奏会でもCDでも演奏していないようだ。(唯一ブリームと録音した二重奏が存在するのみ)
たしかにソルはギター界でこそ「ギターのベートーベン」と呼ばれて、最高の作曲家として古くから尊敬を集めてはいるが、それはまさかベートーベンと同じくらい偉大な作品を残すことが出来た作曲家という意味ではなかろう。この20の練習曲も、たしかに教育的には優れているが、では大ホールでのリサイタルでこれらの曲を聴いてみたいかというと、やはり「練習曲」の域を出るものではない。きっと「その曲はご自宅でお弾きになったら?」という気持ちになってしまうだろう。(だからさきほどもいったように演奏会ではなく、小さい部屋で、我々のすぐ目の前で弾いてくれたらとても嬉しいのだけれど)そこらあたりがショパンの練習曲なんぞとは大いに違って、ギターに関わるものとしては、ほんに少なからず妬ける話ではある。
こんなえらそうなことを言ってしまって、ギター愛好家の方達から非難の声が聞えてきそうな気もするが、そこはほれ、なんだがね。かんべんしてね。
内生蔵 幹(うちうぞう みき)


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