2007年2月3日のブログ記事一覧-ミューズの日記
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<あれも聴きたい、これも聴きたい> 村治 佳織 2007年 始動

 ついこの間2007年が明けたと思っていたら、もう2月の声を聞く様になってしまいました。すでに1年の12分の1が過ぎてしまったんですね。
 去年、世界中で大活躍をした村治佳織さんのリサイタルが、1月の25日、愛知県岡崎市の公演から始まって、中部圏から関西にかけて連続5公演、たて続けに開催されましたが、私はそのうち後半の3公演を聴かせてもらえる幸運に恵まれました。つまり岡崎に続き、岐阜が終わったあと、野洲(滋賀県)、奈良、和田山(兵庫県)とご一緒させてもらったというわけです。

 演奏は前半がスペインもので後半がフランスと中南米・ブラジルの作品と、バラエティに富んではいますが、その中でも少し的を絞ったプログラムと云えるでしょうか。紹介していくと1曲目がソルの「魔笛の主題による変奏曲」。いつもながら序奏、主題、そして変奏・フィナーレと、それぞれのバランス感覚が抜群。尚且つ全ての音の粒が揃って音色の変化も絶妙。しかも古典の雰囲気をしっかり保ちつつ。2曲目はなんとトローバの「ソナチネ」全3楽章。彼女のロマニリョスから最初の音が出るまでは、正直言って、この曲を女性が弾くということに、私の中では少なからず違和感があったのですが、彼女はそんな私の偏見を吹き飛ばしてしまいました。
何故私がこの曲を女性が弾くことに違和感を覚えたかというと、大変云い難いことですが、40年ほど前、ジョン・ウィリアムスの演奏で初めて聴いた時から、この曲のなかにダンディといったらいいのか、小粋といったらいいのか、とにかくすらりとしたかっこいい「男」を感じていたからです。(まったく個人的な感想なのでお許しください)しかし、先ほども言いましたように、彼女の演奏は、とてもきびきびしてかっこよくて、すらりとした小粋な伊達男を彷彿とさせるに充分な表現力をもっていました。

次はタレガの作品から、「アラビア風奇想曲」、「アルハンブラの思い出」、「ヴェニスの謝肉祭の主題による変奏曲」と3曲並びます。ことにアルハンブラは私の知る限りではベストですね。特に最初に聴いた野洲公演でのアルハンブラは「神がかり的」といってよいほどの表現力が光っており、私の家内なんかも隣で涙ぐんでいたほどでした。最後のヴェニスの~も、ロマン的ではあってもしっかりと現代の風をはらんで、ただギターのテクニックをひけらかすだけの演奏ではない引き締まったものになっていました。

後半に入っては、まず最初にドヴュッシーの「月の光」(デ・ラ・マーサ編)とラヴェルの「逝ける王女のためのパバーヌ」と編曲物が2曲。その編曲に賛否両論あろうかとは思いますが、特に月の光など、指使いや、音のつながりにかなり無理があることを承知で、デ・ラ・マーサの編曲を実際の音にしてくれた彼女に感謝したい気持ちです。そしてフランスものの最後はお得意の「サウダージ第3番」(ディアンス作曲)。これはもう彼女のパワーと技巧が炸裂。何回聴いても安心して曲の流れに身を任せられます。一変して次のポンセの「エストレリータ」は、今回の彼女のコンサートツアープログラムの中で私の一番のお気に入り。ポンセ特有の郷愁と云ったら良いのか、「歌」そのものが聴衆の心に染み渡ります。そして最後はブラジルのヴィラ=ローボスの「カデンツァ」(ギター協奏曲の中のカデンツァを抜き出したもの)と「3つの前奏曲」(3番、5番、1番)。全て彼女の冴え渡るテクニックと感性が光ります。

彼女のコンサートは、聴衆として見ると何回聴いてもほとんどぶれがなく、今日は調子が・・・といった感じが殆んどみられません。本人にしてみれば一回一回大変な違いがあるのかもしれませんが、とにかくそんなことは少しも感じさせません。しかし、彼女のコンサートに幾度となくリハーサルから立ち合わせていただいてわかったことは、コンサートの何時間も前からの彼女の集中力の凄さです。これにはまったくもっていつも驚かされ、そして頭が下がります。しかし本当は彼女の生活の中で、そのもっと前に、人知れず一人の女性からたった一人の「芸術家」「演奏家」としてのスイッチが入る瞬間があるのかもしれません。会場で開演の何時間か前にお会いして、にこやかに受け答えてくれるとき、彼女の中ではすでにそのスイッチは入っているのでしょう。彼女が意識しているかしていないかは別にして。
彼女はどんな時でもその日のコンサートで弾く曲を全て1回弾き通します。その時の集中力たるや、会場で聴かせてもらっている私が、つばを飲み込むのもはばかられるような気迫です。聴かせてもらった今回の3回のコンサートも、まさにそんな彼女の気迫をまざまざと感じさせられるコンサートばかりでした。いつも、どこへ行っても会場をいっぱいにする大勢のファンは、そんな「がんばりやさん」の彼女に対する神様からのプレゼントなんでしょうね。さて今年はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか。ワクワクする1年が始まりました。
内生蔵 幹(うちうぞう みき)

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