<あれも聴きたい、これも聴きたい> 村治 佳織 in 伊丹
つい先日の11月22日、大阪のシンフォニーホールでライア&ソネットと題したヴォーカルアンサンブルとのコンサートを行ったばかりだというのに、先日12月1日、兵庫県伊丹市にあるアイフォニックホールにて、今度は全てソロのコンサートが催された。
このホールは500を少し超える数の観客を収容できる会場であるが、いつものようにチケットは完売。当日行ってみると、入り口に「当日券はありません」との看板が出されていた。兵庫県といっても伊丹はほとんど大阪も同然。地域としては完全にシンフォニーホールと被ってしまっているにも関わらず、村治佳織リサイタルのこの盛況振りには「クラシック音楽界の怪物」といったらよいのか(失礼しました)、ものすごいファンをもっているものだと本当に感心させられてしまう。そして彼女のコンサートには、明らかにギターとは関係なさそうな一般音楽ファンが、いつも大勢含まれているように見えるのがなんとも嬉しい。このような一般音楽ファンの人たちにもギターの音楽が聴かれ、広まっていくのかと思うと、彼女の果たしている役割は決して小さくはない。
今回のコンサートはPA無し。まったくの生音。結果的にいうと、ホールの響きがもう少しあれば・・・という感じだったので、500人収容の小ホールといっても、やはりホールの音響的環境によっては、ギターにとってやはり大きい部類に入ると思う。
昔、私が学生のころ、名古屋には愛知文化講堂というホールがあって、たしか1200人ほど入るホールだったと思うのだが、殆んどの名ギタリストがそこで演奏したものだった。今にして思うと、やはり音は小さかったと思うのだが、それでも一生懸命集中して聴いたものだった。かすかに聞こえてくるギターの音を、自分の耳が補正して聴いていたのかもしれない。
今回の演奏は、いつものように彼女の素晴しい音楽とテクニックが、ふんだんに味わえるプログラムになっており、用意されたマイクを使っての曲間のトークが、より彼女の存在を身近なものに感じさせてくれた。
プログラムを紹介すると
H.パーセル/4つの小品(ブリーム編)
G.フレスコバルディ/パッサカリア(セゴヴィア編)
A.ムダラ/ファンタジア第10番
J.ダウランド/蛙のガリアルド、ファンタジア
M.リョベート/盗賊の歌
F.タレガ/アルハンブラの想い出
F.ソル/魔笛の主題による変奏曲
休憩
C.ドビュッシー/月の光(E.サインス・デ・ラ・マーサ編)
吉松隆/ダンス、間奏曲B、ロンド(以上 水色スカラーより)
R.ディアンス/サウダージ第3番
H.ヴィラ=ローボス/5つの前奏曲
前半は、ほとんど先日のシンフォニーホールでのプログラムと同じであったが、シンフォニーホールではなかったソルには特に感動させられた。
今まで彼女の演奏で「魔笛」を聴いたことがなかったのだが、この魔笛には正直いって「恐れ入った!」「参った」完全に降参である。
序奏から既に他の演奏家とは何かが違っており、今まで私が聴いた同曲の中でも完全に抜きん出ていた。正に「現代の古典」がそこにあった。主題も次に続く変奏も、全てが何の誇張もないのにも関わらず、何の不足も感じないどころか、彼女の輝く個性が感じられる素晴しい演奏であった。テクニック的にも充分すぎるほどであり、全曲を通してここまで細部に渡って均質に、しかも明瞭に聴かせてくれる演奏には初めてお目にかかったという気がする。
「ギターを弾く」ということは、まずここまでしっかりとした技術で、ひとつひとつの音を出せる必要があるという意味でも、彼女の弾くこの「魔笛」は、ギターを学ばれる方はぜひともお手本にすべきだと思う。
そして最後のヴィラ=ローボスはやはり「現代の名曲」と感じさせてくれる名演であった。それぞれの曲のスピード、間の取り方、リズムのゆらぎ、そして音色と、どれをとっても申し分のない「幽玄の世界」を表現していた。
私は彼女の演奏する5つの前奏曲を聴いている間中、何故だか日本の「能」を感じていた。
内生蔵 幹(うちうぞう みき)
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