それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

さよなら、平成(6):フジテレビの黄昏

2017-12-16 15:20:40 | コラム的な何か
フジテレビの視聴率が悪い。しかも、バラエティで悪い。

自分はフジテレビのバラエティやドラマが面白いと思えるまで時間がかかった。

おかげで、周囲の人たちが話している内容が理解できるまで時間がかかった。

それが中学1年。

なぜ苦手だったのか。

フジテレビの番組は、自分にとっては、すごく怖いものだった。

暴力的というか、若者的というか、何か話の通じない相手のように思っていた。

番組のなかの人間関係からの印象だったのかもしれない。

よく見るようになったのは高校生からだった。

それでも、めちゃイケも、おかげでしたも、見ていなかった。

それらを見たのは大学生からだった。

それでもあいのりには乗れなかった。



フジテレビの凋落は、自分にとっては、クラスカーストの革命のように見える。

話の合わない連中がマジョリティではなくなる安心感。

だから、自分にはフジテレビの復活のイメージができない。

それでも、人間の本質、社会の本質に触れる番組ができれば、必ずや復活する。

それは明言できる。

今のヒットしているバラエティの面白さはそこにある。その面白さは複合的で多角的で、しかも見所が明確だ。

でも、しばらくは無理だろう。

別にそれで構いません。

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