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金融のおかしな世界
サブプライム・ローン危機が出現するまでは、おかしな世界がまかり通ってきた。M&Aという企業買収・転売のあり方がそれである。
ファンドが、企業を買収し、その企業の従業員を解雇したり、強引な手法で債務を削減したり、債権を早期に回収したり、様々な形でその企業を切り刻む。企業を転売しやすくするためである。身軽にさせられ、現金を充実させられた企業が、ファンドによって転売される。ファンドは買収価格よりもはるかに高い価格でその企業を転売する。
大儲けしたファンドの陰で、首を切られた多くの従業員とその家族が泣き、企業の取引先が顧客を失い、企業内部に蓄積されてきた技術が無惨に消失する。
この世界がおかしいというのは、M&Aでは、情報の不公平さが利用されているという点にある。ファンドは、小魚に襲いかかる鮫である。ファンドは会員制の高級投資クラブである。とてつもなく大きな資金を動かせる億万長者の出資によって組織されているのがファンドである。
会員数は秘密を守るために一〇〇名以内に制限されている。一つのファンドが動かせる資金は何十億ドルもの巨額なものである。この巨大な鮫に襲われたら小魚などひとたまりもない。
金融における「私」と「公」
ファンドは「私」(プライベート)型金融の典型である。金融システムの中で「私」型金融組織は、誰が会員であるか、どれだけの資金を動かしているのか、どれだけ会員に儲けさせたか、儲けの手口はどのようなものなのか。そもそも正確な財務内容はどのようなものであるのか。こうした情報をファンドは金融監督当局に明らかにしなくてもよい。
彼らが「私」(プライベート)という主体だからである。「私」であるかぎり、すべては自己責任になる。よしんば破綻してもファンドは監督当局から公的資金の供与によって救済されることはない。何をしてもいいが、失敗しても泣きつかないという了解が、「私」型金融組織と監督当局にはある。
救済を求めないかわりに、一切の規制から自由に泳がせてもらいたいのが、ファンドなどの「私」の組織である。
ファンドのメンバーも、組織が破綻しても、自分たちを救済してもらうつもりはない。それより秘密を守って欲しい。すべては覚悟の上である。これが「私」型金融組織の基本的な特徴である。
鮫に襲撃される小魚である企業は、自社が発行する株式を、非常に多くの人と組織に買ってもらっている。小魚の株主のうち、圧倒的多数は資産家ではない人たちである。そうした人たちは、企業や銀行が破綻したときに救済されなければならない。
零細な株主、あるいは預金者を保護するために、そういう人たちを顧客とする組織は、監督当局によって営業内容が厳しく取り締まられる。したがって、営業内容のすべてが当局の監視下にある。襲撃してくる鮫には財務内容を明示(開示という)しなければならない。襲撃する側の鮫には開示の義務がなく、襲撃される側の小魚は財務内容等々のすべての営業内容を開示する義務がある。
当局によって監視されるが、企業が破綻すれば公的資金を注入されて救済される。
投資銀行と商業銀行
たとえば、商業銀行の資金繰りが困難になれば救済資金が供与され、それでも銀行が破綻してしまえば、預金者は預金を保護される。これが「公」型金融組織である。
米国の銀行には「私」型金融組織と「公」型金融組織がある。投資銀行が前者、商業銀行が後者である。投資銀行は当局の監視を受けることなく自由に活動できる。商業銀行は強い監視を受ける。破綻しても投資銀行は当局から救済されないが、商業銀行は救済される。「私」と「公」の差である。
そして危機の連鎖が始まる。ゴールドマン・サックスによれば、金融機関で二〇〇〇億ドルの損失が発生すれば、二兆ドルの信用収縮が生じるという。一ドルの資本で一〇ドルを金融機関は運用しているからである。サブプライム・ローンに関する現在の損失は一兆ドルある。それは資本の減額となる。とすれば、一〇兆ドルの信用収縮がこれから始まることを意味する。今後、「私」型銀行の倒産が相次ぐであろう。
金融恐慌の発言に怯えるFRB(連邦準備制度理事会)などの監督当局は、してはならない公的資金の注入を、「私」型金融組織に対して行うであろう。公的資金を受け入れれば、これまで享受していた自由度を「私」型金融組織は失い、当局の管理に従うことになる。
サブプライム騒動がもたらしたものは、「私」型金融組織の全面敗北なのである。公的資金の注入、投資銀行の監視強化、当局による「私」型金融システムの強引な廃絶というシナリオが、これから作られるはずである。こうして、金融の世界は、一九七〇年以前の世界、つまり、「管理通貨体制」の世界に戻ることになる。