消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(181) 新しい金融秩序への期待(159) 地域金融(1)

2009-06-19 07:04:36 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


──改めて今回の危機の引き金の部分からお話いただけますか。


 一言でいえば、やってはならない禁じ手に手をつけたことが、未曾有の危機を引き起こしたのだと思います。具体的には「債権の証券化」というのがそれで、よく言われるサブプライム・ローンというのは、そのなかの一事例でしかありません。

 一般的に、銀行が金を貸すとき、銀行は借り手の返済能力などをきちんと審査した上で融資を行い、最悪返済不能となれば、最終的には銀行が責任を負うのが金融の世界のモラルでした。債権の証券化というのは、貸した金を返してもらう権利(債権)を商品に仕立てて他者に転売することです。しかも一つだけではなく、沢山の債権を集め、パッケージしたものをまとめて転売する。売れ残れば、もう一度リスクに応じて組み直して売りに出すと。

 これは言い換えれば、貸した金が焦げつくリスクを売り買いすることですから、ババ抜きゲームのように、買い取ったらさっさと転売して差額を得るといったマネーゲームが延々と繰り返されるわけです。転売が繰り返されることで、投資銀行が膨大な額の手数料を易々と手に入れる仕組みがつくられたわけです。一般の商業銀行も、預金以外のところで簡単に儲けられるということで、どんどん乗り出していきました。


──商業銀行と投資銀行の違いとは何でしょう?


 ふつうの銀行、我々から預かった預金を運用して融資を行うのが商業銀行で、投資銀行というのは個人向け業務は行わず、実態としては法人向けの証券会社と思えばわかりやすいと思います。アメリカで「発明」されたもので、ゴールドマン・サックス、メリルリンチ、モルガン・スタンレーが三大投資銀行とされてます。特にクリントン政権下の一九九九年に「金融近代化法」が成立して、金融機関の銀行・保険・証券の兼業規制が撤廃され、殆ど何をしてもいい状態になりました。今回の危機は、会社が倒産すれば儲かるといった保険金殺人のような金融派生商品が出てきてしまったこと、それが多数開発されて大量破壊兵器のように撒き散らされていった、そういう流れからの必然的な帰結だと思います。

──リスクが高まっていたなかで、昨年九月一五日のリーマン・ブラザーズの破綻を機に突如として崩壊が訪れたわけですが、どうしてそのようになったのでしょうか。


 私個人は、リーマンを潰すところまでは金融当局の意図が働いていたと見ています。リーマンはいま述べた三大投資銀行の外にあって、リスクの高い、非常に際どい商売に手を染めていました。それから債権の証券化という投資銀行のビジネス自体がどうもヤバいという危機感が少しずつ浸透してきていて、ひとまずリーマンを潰してお灸をすえようという感じだったのではないかと思います。あくまで推測ですけれども。

 ところが、いざ蓋を開けて中を覗いてみると、リーマンが抱えていた負債があまりに巨額であったのと、今後はもう金融機関の救済はしないのかという心理的な混乱を招いた。さらにこの破綻によって、投資銀行の秘密業務であったクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)という手法の複雑なメカニズムや、その危険性に急に皆が目覚めて、大きな騒ぎになっていったわけです。

 リーマン破綻の翌々日に、CDSの主な売り手だった証券大手AIGの救済措置が発表されて、なぜリーマンを潰しておきながらAIGが救済されるのかと、世界中が事の異変に気づき、信用不安が世界中に伝播していきました。

 投資銀行というのはそもそも闇の金融機関のようなもので、本来は当局の監視監督から自由であり、同時に救済の対象にもならないといった存在でした。ただ今回は、とにかく状況を放置すれば世界中がパニックになるということで、「緊急経済安定化法」で投資銀行を商業銀行に模様変えさせて、巨額の公的資金を注入したわけです。


──自動車産業を救済するか否かみたいな議論にまで発展しています。


 日本のトヨタが過去最高の収益を上げたのが昨年の八月です。それが直後に奈落の底に沈んで、凄まじい数のクビ切りが断行されているわけですが、これは九月になって不況で売上台数が突然激減したといった話ではなく、主に自動車ローンなど金融絡みの話です。

 これがアメリカのビッグ3になると、さらにCDSの問題が大きく絡んできます。いろんな債権がパッケージされ、ばら撒かれていくなかで、いったい全体のなかで不良資産がどれくらいあり、どこにどれだけのお金を注げばいいのかがわからなくなっている。そのため当初は金融機関だけの話だったのが、あらゆる企業を倒産させないようにという方向へ転換しつつあります。しかし、GDPの半分以上もの巨額の公的資金を注入して、いったいこれだけの国債をどうやって回収していくのか、次の問題はそこでしょう。


──G20金融サミットでドル基軸通貨体制の維持が確認されましたが、今の状況を見ていると取って代わる何かが提示できるような状況にないという感じでしょうか。

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 現在の局面は、各国がアメリカにドルを供給する段階を経て、各国がアメリカからドルを供給してもらうために、通貨の交換が始まっています。昨年の夏まではデカップリングといって、アメリカの単一支配の時代は終わり、BRICs(註1)など独自の経済圏が成立しているという話が説かれたわけですが、今回の件でそこまでの力はない、彼らの方が被害は大きいことが分かってしまいました。

 けっきょくアメリカを中心とする資本が、新興国になだれ込んで経済を浮揚させていたけれど、危ないとなると一斉に引き上げて、ロシアに至っては七〇パーセントも株が下がりました。アメリカの原資は殆ど日本の円なので、日本だけドル安円高になっていますが、他はほぼすべてドル高で移行しています。

 もっとも、これはドルが強いからではなくて、世界から先に崩壊する形で本国に逆流しているだけで、いずれ国債の問題が確実に生じますから、あくまで過渡期の話です。では、次に何が考えられるかというと、やはり二九年の大恐慌時の経験と同じで、あのときはドルを大幅に切り下げましたが、同じことをオバマはするんじゃないか、新ドル発行が現実味を帯びてきていると思います。


──アメリカの単一支配は冷戦の終結を受けて顕在化したと思うのですが、日米関係という意味でポイントとなるのはどのようなことでしょうか。


 単純化して申しますと、戦後、非軍事化・民主化を皮切りに、GHQの民政局により基本的な諸制度が作られ、しかし間もなく、いわゆる「反共の防波堤」として対日政策の見直しが行われていく。アメリカは日本の復興を最優先に、産業を育成・支援しながら子分として糾合し、そうすることでアジアの後進国に向けて、「共産主義に行くな、日本を見習え」と言うことができた。日本の産業を支援するためにアメリカ資本も入れないようにして、ビッグ3などは最後まで進出してきませんでした。

 ただ、ベトナム戦争の最中、固定相場制から変動相場制へ移行した頃から、アメリカは日本を経済的に抑えこむ方向へシフトします。日本は高度成長期を経て、製造業でアメリカを上回り、次第にアメリカの市場を脅かしていきました。それで、いろいろな方法を試した上で、最終的には日本の銀行システムがターゲットになったと。さらに九〇年代に入ると、脅威であったソ連が崩壊したことで、日本だけ特別扱いできるかって話がいよいよ決定的になっていきます。

 具体的に、三つのことが焦点になりました。

 まず、銀行を抑える上で決定的だったのがBIS規制というもので、これは国際業務を行う銀行は自己資本の一二・五倍以上の貸付をしてはいけないという取り決めです。それまでは預金高の多い銀行こそが良いとされていたのが、BIS規制によって貸付を減らす必要が生じ、貸し渋りや貸しはがしが行われ、日本の銀行はガタガタになりました。アメリカの銀行も条件は同じなんですが、彼らはちゃっかり規制の対象外である投資銀行やファンドなどのノンバンクに流れていったんですね。

 二つ目は、アメリカが日本の強い企業をM&A(合併・買収)に巻き込み転売したいと。そのときに障害となるのが、日本型の企業福祉社会、具体的には、年功序列型賃金と終身雇用体制、そして労働組合です。そのため、まず国鉄の民営化などを通じて労働組合を分裂させ、雇用の流動化といった言葉で、派遣労働の規制緩和を促進して、長いことタブーだった製造業への非正規解禁を強行してしまいました。

 三つ目は、郵政民営化ですね。政府がコントロールできる巨大な財源である郵便貯金を切り崩し、日本のもう一つの安全弁だった「国民皆保険」的な医療保険制度に手をつけて、簡易保険を民営化した。アフラックやAIGといった企業が市場を完全に支配したわけですが、今回の件で本家がコケたから、日本の国民皆保険もなくすというシナリオはひとまず崩れたといっていいでしょう。ただ、アメリカ企業が跳梁跋扈できる土俵の設定は完成寸前のところまでいっていたと思います。以上の三つが、構造改革の柱だったと私は考えています。


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