消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(145) 新しい金融秩序への期待(145) クレジット・デリバティブという怪物(2)

2009-04-28 07:03:06 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)
  いずれにせよ、デフォルトの不安を煽れば煽るほど、プロテクションは価値をもつ商品として取引されるようになる。かくして、金融システムが不安定化する。プロテクションは保護の手段ではなく投機の対象に転化してしまったのである。

 しかも、CDS市場は、規制が一切、課せられていない相対取引である。つまり、市場で売買されるものではなく、売り手と買い手との力関係で値が付くものである。金融市場を混乱させている最大の要因がCDSである。デフォルトを避けるべき金融システムの中に、デフォルトを促進させたいという欲望をCDSが潜ませているからである。

 契約期間が通常五年間であるプロテクションの売り手には、必要資本額という規制がない。デフォルトが生じないという思惑で、売り手はあらゆるCDOをプロテクションの対象にしてしまう。プロテクションを売れば売るほど儲けが大きくなるからである。もちろん、プロテクションの売り手はデフォルトのリスクを計算しているであろう。しかし、リスクは自動車事故とは異なる。自動車事故は、車の台数や走行距離との関係で経験的に推測できる。自動車保険の売り手は、そうした計算式をもっている。
 しかし、デフォルトの事故率は自動車保険とは質的にまったく違う。デフォルトは連鎖するのである。一つのデフォルトが他のデフォルトを生み出す。取引先の社長が自動車事故を引き起こしても、自分もつられて自動車事故を起こすわけではない。 しかし、取引先の企業が倒産してしまえば、自社も倒産してしまう可能性は非常に高い。銀行による貸し渋りがあれば、デフォルトは急速に連鎖してしまう。

 AIG(American International Group)(2)の破綻は、デフォルトの危機が予想を上回る速度で進行し 米連邦準備制度理事会(FRB=Federal Reserve Board)とニューヨーク連銀(Federal Reserve Bank of New York)が、二〇〇八年九月一六日、AIGに対して最大八五〇億ドル(約九兆円)を融資する方針を決めた。二年契約である。融資と引き換えに、米政府がAIG株式の七九・九%を取得する権利を確保するという公的管理下にAIGは置かれた。FRBは、「AIGの破綻は金融市場での資金調達コストの急上昇につながる恐れがあった」と支援に動いた理由を説明した。AIGはリーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)の経営破綻(〇八年九月一五日、連邦破産法一一条=Chapter 11 of the Bankruptcy Codeの適用申請)を受けて資金繰りが悪化、さらに米格付け会社が相次いで格付けを引き下げたため、保険業務上必要な高い格付けを維持できないとの懸念が強まっていた。リーマン破綻直前の九月一一四日には、格付けの維持に向けて一〇〇億ドル規模の増資計画とリストラ策に加えて、FRBへの四〇〇億ドルのつなぎ融資申請などを発表したが、FRBから一旦、融資を断られていた。それまでに、AIGはサブプライム問題に絡む損失を計三三〇億ドル(約三兆四六〇〇億円)を計上していた( http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2008/09/17/20080917k0000e020044000c.html)。

 AIG破綻への道筋を整理したおこう。

 AIGの不動産担保証券(Mortgage Backed Security =MBS)関連商品の累積損失額は、〇八年一~三月期では一九〇億ドルであったが、四~六月期には、二五〇億ドルに激増した。この期、同社の最終赤字は五三億六〇〇〇万ドルに膨らんだ。三期連続赤字であった。

 四~六月期の決算発表があった翌日の〇八年八月七日、同社株の終値は前日比五・二五ドル(一八・〇五%)安の二三・八四ドルとなった。格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(Standard & Poor's =S&P)が、「〇八年七~九月期までに業績が安定しなければ、格下げする可能性がある」とした。格下げされれば、AIGは、プロテクションの追加担保として最大一〇〇億ドルの差し入れを迫られるはずであった。このときまでに、AIGは、プロテクションの担保としてすでに一六五億ドルを差し入れており、さらに困難に見舞われる可能性があった。

 AIGは、〇七年八月、米国が一九二九年の大恐慌の二倍の衝撃を受けるような事態にならない限り、プロテクションで損失を出すことはないと主張していた。〇八年一~三月期末には、最終的な損失は一二~二四億ドルになる可能性があるとしていた。そして、〇八年八月、この予想レンジを五〇~八五億ドルに引き上げていた。しかし、〇八年八月七日に出されたモルガン・スタンレー(Morgan Stanley)の調査リポートでは、損失は一三〇億ドルに上る恐れがあるとされた(〇八年八月八日付、http://online.wsj.com/public/page/news-wall-street-heard.html)。それは、CDSが如何に不透明なものであるかを示す証左であった。

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