消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(144) 新しい金融秩序への期待(144) クレジット・デリバティブという怪物(1)

2009-04-27 07:07:08 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 はじめに

 今日の金融危機は、J・P・モルガンの小さなチームが生み出したモンスターに起因する。モンスターとは、CDSと表記される金融派生商品である。CDSとは"Credit Default Swaps"の頭文字からなる言葉で、「デフォルト(支払い不能)の危険性にまつわる取引」という意味である。債務者が支払い不能になったときに、債務者に代わって債権者に債権額を支払うことを約束する保証契約(プロテクション=protection)がCDSである。


 一 CDSの変質


 保険会社などが、このプロテクションを債権者に売る。プロテクションの売り手は債務者の支払い不能というリスクを引き受ける。つまり、リスクを引き受けるという約束を売る。プロテクションを買った債権者は、リスクを引き受けてくれるという約束を買う。

 こうして、支払いが不能になるかもしれないというリスクが交換される。スワップというのはそういう意味である。通常、支払い保証は、利子としての分割払いの形式(プレミアム=premium)をとる。

 CDSは、三つの転形をする。

 この契約の対象になっているのは、社債などの証券である。社債の発行元を参照主体という。参照主体にクレジット・イベント(Credit Event)が生じれば、当該社債は無価値になるか、そうならないまでも、大幅に価値減少する。クレジット・イベントとは、破綻、支払い不能(デフォルト)など、参照主体側に社債の返済に難が生じるできごとをいう。この社債の支払い保証をするというのがCDSである。これが、第一の基本的なCDSである。それは言葉の真の意味での保険契約である。

 投資会社などが、CDSを付けられた多数の(通常一〇〇〇種と超える)銘柄の社債を含む証券を一つの固まりにまとめる。クレジット・イベント発生の可能性の低い銘柄から順に並べる。比較的上位の部分をシニア(senior)という。このグループは、CDSの保証料が低く、証券自体の格付けも高いグループである。その次のランキングがメザニン(mezzanine)である。メザニンとは、中二階という意味である。つまり、上位と下位の中間にある部分という意味である。そして、もっとも信用度の低いグループがエクイティ(equity)部分である。シニア部分は、最優先で支払い保証が付けられているもので、エクイティは劣後支払い、つまり、もっとも支払いの優先順位が低い部分である。

 こうしたランクを付けられた証券を束にして、一つの証券にしたものが、CDO(Collateralized Debt Obligation=合成債務担保証券)である。シニア部分からなるCDO、メザニン部分を主体とするCDOなどが組成される。組成するのは、通常、投資銀行である。個々の証券を束にしたので、合成債務担保証券と呼ばれる。

 投資会社は、こうしたCDOを顧客に気に入られるように、構成証券を組み替えて仕組み債として顧客に売りつけるのである(1)。

 つまり、こうしたCDOにCDSが組み込まれた状態でCDOが転売される。CDSの保証料(プレミアム)を支払うのはCDOを購入した投資家である。しかし、プロテクションを売りつけた最初の保険会社は、当該証券の所有者が変わっても、クレジット・イベントが発生すれば、証券の価値保証をしなければならない。

 CDS自体が転売されるが、それでも、証券を対象としたCDSであることに変わりはない。つまり、CDSの第一形態にこの段階では留まっている。

 そして、CDSは第二の形態に移る。こともあろうに、価値を保証してもらう証券なしに、CDSが契約されるようになったのである。参照主体が倒産する可能性が強いと判断した投資家が、プロテクションを買うのである。証券がないのに、参照主体が破綻すれば、プロテクションの買い手は売り手から資金を支払ってもらえる。もちろん、証券がないので、証券がある場合よりも支払ってもらえる絶対額は小さいが、それでも、支払いを受ける権利をプロテクションの買い手は持つ。プロテクションの売り手は、参照主体がまず破綻しないであろうとの判断のもと、プロテクションを売りまくる。プレミアムをせしめたいからである。

 他方で、プロテクションの買い手は、価値保証をしてもらう証券がないのに、プレミアムを支払う。これは安心を買うのではなく、れっきとした投機のための支払いである。参照主体は必ず倒産する。そうなればプロテクションの売り手から金を支払ってもらえる。企業破綻を避けるための保険システムから企業破綻を願う保険システムにCDSが変質してしうのである。まさに、クレジット・イベントが賭の対象になってしまった。まさに、倫理なき資本主義への突入である。

 そして、もっとも危険な第三形態にCDSが移行する。プロテクションの売り手が、そのプロテクションがもたらすプレミアムを取得する権利を転売してしまうのである。これは、悪質な契約である。プレミアムを受け取る権利は、プロテクションの対象となる証券の想定元本の額で売られる。この場合、クレジット・イベントが発生しても、価値保証はしない。価値保証をしないどころか、想定元本もゼロになってしまう。もちろん、プレミアムを受け取る権利も消失させられてしまう。想定元本が一〇〇万ドルであれば、このCDOを組成した投資銀行は、一〇〇万ドルで顧客に売る。買い手はプレミアムを得る。通常、期間は五年である。五年後、投資銀行はこのCDOを買い戻す。CDOの買い手は、五年間を無事に切り抜ければ、初期投資額の一〇〇万ドルが返ってくるうえに、プレミアムを取得できる。これをシンセティックCDO(Synthetic CDO)という。シンセティックとは合成という意味であり、通常は一〇〇〇程度の銘柄からなる想定元本で売られるCDOである。合成債務担保証券とでも訳せる。

 しかし、参照主体が破綻すれば、実際の価値保証金はオリジナルのCDS契約者に支払われる。シンセティックCDOの買い手は、参照主体が破綻すれば、購入したそのCDOは無価値にある。非常に恐ろしい契約である。買い手は参照したいの破綻などはないであろうとの見込みの下に、この種のCDOを買う。売り手は、参照主体の実際の破綻にさいして、支払わなければならない資金を調達するために、買い手にとって過酷な契約を売るのである。この点については、本章第六節で詳しく解説する。


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