消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(146) 新しい金融秩序への期待(146) クレジット・デリバティブという怪物(3)

2009-04-29 07:05:38 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 二 CDSの危険性


 CDSの売買を仲介するのは、初期は商業銀行であった。そして、投資銀行がこの仲介業務に乗り出すようになり、それを専業とするSIV(Structured Investment Vehicle=特定目的投資会社)(3)が大きな地位を占めるようになった。

 CDSは、商業銀行の必要な自己資本比率を決めたBIS規制(4)を避けるために発明されたものである。

 一九九〇年代後半、社債や自治体債を対象とした支払い保証手段として発売されるようになった。二〇〇〇年以前にはプロテクション発売額は九億ドルになっていた。エンロン(Enron)やワールドコム(Worldcom)の社債もプロテクションの対象になっていた。初期のプロテクションは相互に熟知した少数者の間柄の内部で取引されていた。プロテクションの発売者は、ローンや債券の引受者でもあったのである。

 しかし、二〇〇〇年以降、CDSは三つの大きな変化を遂げた。

 第一は、CDSが流動化して債権・債務の当事者ではない第三者に転売されるようになった。こうしてCDS市場に参加する組織が増えた。

 第二は、社債や自治体債だけではなく、ABS(Asset Backed Security=資産担保証券)やMBSまでもがCDSの対象になった。こうなると、なにを対象とした支払保証であり、誰が発行したものなのかへの関心がCDS取引参加者から薄れていった。

 第三は、債券の支払いを保証するという初期の意図から外れて、CDSが対象とする債券のデフォルトの可能性を重視し、デフォルトに陥れば支払ってもらえるという投機の対象にCDSが大きく変質してしまったことである。これが、前節で説明した第二の転形である。

 その結果、二〇〇七年末には、CDS市場は四五兆ドルにまで拡大した。

  しかし、CDSの対象である社債、自治債、SIV関連債(CDO、ABS、MBSなどの総称)が二五兆ドルであったのだから、その一・五倍もの市場であった。CDS取引のうち、二〇兆ドルは、デフォルトを避ける取引ではなく、デフォルトを期待した投機的な取引であった。CDSは、一〇回以上も持ち主が替わるといわれている    (http://www.opalesque.com/48859/Freight_derivatives_likely_to_survive_plummeting.html)。

 CDSの持つ危険性が広く認識されるようになったのは、二〇〇七年夏、サブプライム問題が深刻になってきてからである。サブプライム・ローンを証券化したCDOの価値評価に疑問が生じるとともに、CDOの価値保証をしていたCDSへの市場の不安感が一挙に増大したのである。CDOのデフォルト不安が実際にプロテクションによる支払い保証への懐疑を生みだしたのである。

 たとえば、保険会社のAONは、プロテクションの利子受け取りの権利を他の企業に売る。実際にデフォルトが生じると、AONは支払い保証額を約束によって支払うことになるが、この支払い金額の補填用として、プレミアムの権利を販売していた。しかし、実際に生じた一〇〇〇万ドルの支払いを補填するには、AONの利子販売額が不足し、AONは窮地に追い込まれた。そもそも、デフォルトなど生じないであろうと、たかを食ってプロテクションを売りまくったのであるが、実際にデフォルトが発生してしまえば、AONは膨大な保証金を支出しなければならなかった。そうした額は、AONがプレミアムの販売収入で補填できるものではなかった。

 スイス・リインシュアランス(Swiss Reinsurance)も破綻の瀬戸際に立った。同社は、合計一五億ドルの二種類のCDOを保証する二つのプロテクションを売った。ところが、CDOの対象となっていた担保不動産の価格が低落し、それとともに、CDOへの支払い保証を実行しなければならない可能性が高くなった。CDOのすべてが無価値になったのではないが、CDOの算定価値は一一億ドルに低下し、CDO保証価値一五億ドルを維持するためには同社は差額の四億ドルの支払いを覚悟しなければならなくなった。当該のCDOの価値低落はさらに進行し、〇八年四月には、同社はさらに二億四〇〇〇万ドルの支払い追加を覚悟しなければならなかった。

 保険会社は、プロテクションを売るだけではなく、買い方にも回る。保険会社は、ABS、MBS、CDOの大量保有者でもある。保険会社は、そうした保有資産の価値を維持すべく、プロテクションを買うのである。これが保険会社のリスクを増幅する。保険会社は、自身が売り出したプロテクションの支払いを実行しなければならないリスクに加えて、買ったプロテクションの売り手側の支払い不能というリスクにもさらされるからである。

 保険会社のこうした二つのリスクのうち、プロテクションの売る方がより多くのリスクをもつ。すでに説明したが、売ったプロテクションの利子はプレミアムと呼ばれる。プレミアムは年間で保証額の三~五%である。プレミアムは四半期ごとに支払われる。しかし、デフォルトが現実化してしまえば、こうしたプレミアムの受け取り総額をはるかに上回る損失をプロテクションの売り手は被るのである。AIGは、〇八年前半でプロテクションのために二〇〇億ドルの支払い準備を積み増した。

 CDS市場は、投機的なものになっていた。プロテクションの売り手は対象となっているMBS、ABS、CDOに関する正確な情報をもっていなかった。それら証券のデフォルト発生に関する正確な確率計算もできていなかったのいではないかとさえいわれている。多くのヘッジファンドや投資会社が、対象となる証券を保有していないのに、プロテクションを購入した。クレジット・イベント(Credit Event)と呼ばれるデフォルトが発生しそうだという賭(bet)の意識からプロテクション購入にいそしんだのである。

 デフォルトを期待することからプロテクションが買われるようになると、プロテクションの対象になっている証券の空売りを誘発した。空売りによって儲けた資金がさらにプロテクション買いに投資されるようになっていた。証券価格の急落が、当該証券のデフォルト・リスクを高め、それがプロテクションのプレミアを高め、プロテクションの売り手がさらに転売するプレミア取得権のCDSの空売りを誘発することになった。そうした投機の結果、保険会社は多額の支払い準備金の積み増しをプロテクションの買い手から要求されるようになったのである。保険会社は最後の頼みの綱としてディープ・ポケット(deep pocket)と見なされていたのだが、AIGの破綻に見られるように、保険会社が単独でCDS市場を支えることなできなくなっていたのである。

 これもすでに説明したが、CDS取引は市場を通さない相対取引である。法的な規制も受けていない。国際スワップ・デリバティブ協会(International Swaps and Derivatives Association=ISDA)という組織はある。CDS取引に関するガイドラインを出す機関である。しかし、この機関にはCDS取引を監督する権限はない。完全な無政府状態でCDS投機が横行していたのである。


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