消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(17) 新しい金融秩序ねの期待(17) 『金融権力』の韓国語版著者序文

2008-11-27 00:41:56 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 世界は、1930年代を上回る深刻な金融恐慌に陥った。金融危機が実体経済にどの程度影響し、どれほど多くの失業者があふれるようになるのかについては、いまのところ明言できない。しかし、"shadow banking system"(影の銀行組織)という金融体制が音を立てて崩壊し、その力学の変化から、アメリカ単独時代の終わりがきたということだけは確かである。 

 金融当局の厳しい管理下に置かれているものの、危機時には当局の支援を約束されている「表」、「公」(パブリック)銀行組織が、商業銀行(預金銀行)である。これに対して、基本的に当局の管理に服さず、営業内容もほとんど当局に報告せず、多くのことを秘密裏に処理できる投資銀行(非預金銀行)は、「影」、「私」の性格を濃厚にもつ。秘密裏に行動することが許されている分だけ、投資銀行は危機時にも自己責任で当局の保護を受けない。それが約束事であった。その約束事をアメリカの金融当局は無視し、膨大な公的資金を投資銀行に投じた。しかし、そのかいもなく、巨大投資銀行は、歴史からあえなく消滅した。あるものは倒産し、あるものは商業銀行に買収され、あるものは商業銀行に転換した。

 そもそも、「影の銀行組織」(投資銀行)は、債権を証券化してリスクを転売する手法を次々と編み出して、大儲けをしてきた金融機関であった。それは、巨大なヘッジファンドと化していた。

 業界トップのゴールドマン・サックスは、2005年から07年までのわずか2年間でトレーディング・自己投資部門の粗利益を1.8倍に拡大し、07年は収益全体の3分の2以上を占めた。その業務を支えていたのは、金融工学を核とする先端金融技術の発展であり、その柱は、証券化、デリバティブ、レバレッジであった。とくにレバリッジがひどかった。破綻前の投資銀行は自己資本の30倍近い借り入れを集めて巨額の投資活動を展開していたのである。

 証券化には、債務不履行時に支払いを保証するCDSの存在が不可欠であった。しかし、その額はあまりにも巨大すぎた。民間のCDSは08年にはアメリカで60兆ドルあったとされる。なかでもAIG,、ファニーメイなどの政府支援企業(GSE)などの保証額が多かった。これら組織がいち早く金融当局の管理下に置かれたのも当然であった。ウォーレン・バフェットは、CDSを「大量破壊兵器」だと決めつけていた。

 証券化商品は、さらに様々な金融商品やデリバティブに組み込まれて、その数十倍の規模で世界中の金融市場に拡散されている。デリバティブの残高は08年で500兆ドルを超していた。これは、世界のGDPの10倍近い法外なものである。投機の象徴であるヘッジファンドだけでも、その資産規模は、この数年間で3倍になった。07末には約2兆ドル、レバレッジを加えれば、5兆ドルである。いまや、こうした投機市場が臨界点に達したのである。金融革命のスローガンの下に、1980年代以降の世界経済を引っ張ってきたアメリカ型投資銀行のビジネスモデルは崩壊した。

 ことは、アメリカだけの現象ではない。アメリカ的な金融風土は、世界中に拡大してしまっている。伝統的な銀行業やマーチャントバンクが中心だったシティーは、この10年間で第2のウォール街に変貌していた。アメリカのファンドは世界の土地を買い漁った。しかし、イギリスでは、不動産価格が07年半ばから突然20%近くも下落した。他のヨーロッパ地域でも同様であった。

 ヨーロッパの金融機関は、アメリカ的投資銀行になろうとして、つねに、アメリカのヘッジファンドや投資銀行がつまずく都度、負の直撃を受けてきた。ヨーロッパの銀行は、自前のビジネスをするのではなく、アメリカの投資銀行やヘッジファンドに依存し、アメリカ投資銀行ビジネスの連合艦隊に組み込まれていただけであった。アメリカの投資銀行ビジネスの凋落は、ヨーロッパの金融界を震撼させ、いずれヨーロッパ経済全体にも深刻な影響を及ぼす。

 ここへきて、主としてイギリス、フランスの首脳からアメリカ一極集中的な世界の金融体制への批判が強く打ち出され、「新ブレトン・ウッズ」の構想のアドバルーンが上げられている。従来のG7だけでなく、広くBRICsやアラブ諸国も金融恐慌阻止の会議に招集されるようになった。韓国大統領も中日政府に国際金融会議を呼びかけている。

 金融恐慌は現在の私たちにとって、辛い試練であるが、それは世界が多極化していく産みの苦しみである。少なくとも、後世の人々は現代を多極化の始まりの時期であったと呼ぶようになるだろう。

 最高の翻訳者に恵まれた本書が、韓国の方々の、みずみずしい感性に受け入れられることを祈っている。

                                          2008年10月23日 神戸御影にて
                        本山美彦

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。