消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(110) 新しい金融秩序への期待(110) サブプライムローン危機の歴史的意味(2)

2009-03-20 07:16:35 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 
 三 ひ弱な米国の金融システム

 それにしても、米国の金融組織は、最先端の金融技術を駆使しているという対外的に発する豪語の力強さに反して、なんともまたひ弱なことか。

 一九八〇年代はじめ、〇七年のような不動産価格が下落した。多数のS&L(貯蓄貸付組合)が倒産し、公的な預金保険財政も破綻した。さらに、メキシコやブラジルへの債権が不良化した。そのために、大手銀行は深刻な経営危機に瀕した。シティバンクのCEO(最高経営責任者)のジョン・リードは、サウジアラビアの王族に出資を懇請した。

 一九八七年一〇月一九日にはブラックマンデーと呼ばれるようになった株価の大暴落があった。米国の銀行はまたもや危機に怯えるようになっていた。当時のニコラス・ブレイディ財務長官が九一年二月、記者会見で危機感を率直に表明した。「一九六九年の世界の銀行ランキングでは、バンク・オブ・アメリカをトップに上位一〇行のうち、九行の米銀が並んでいた。ところが、一九八九年になると、シティバンクが米銀の中ではトップであったが、世界ランキングではやっと二十七位にじゅるという惨澹たるものになった」と嘆いたのである。

 そのブレイディがまとめた「金融制度改革案」では、「より安全で、より競争力のある銀行にする」ことが目指された。それほど、米国金融当局によって、米銀は安全なものでなく、国際競争力においても劣ると危惧されていたのである。

 そして、二〇世紀末から二一世紀にかけて投資銀行が米国金融界の大黒柱となり、世界経済を牛耳るようになった。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。世界の金融機関が米国型投資銀行を模倣しようとしてきた。

 ところが、〇八年九月、未曾有の金融危機が米国を襲った。米国の金融機関は〇八年で五兆ドル以上の損失を被った。八〇年代に進んだ金融のグローバル化が危機を瞬時に増幅したのは確かではあるが、米国型金融システムには基本的な欠陥があったことを示していることは直視されるべきである(「大機小機<未曾有の危機>に浮き足立つ世界」『日本経済新聞』二〇〇八年一一月二九日)。

 米国の金融システムは間違っているのではないのかという疑念は、バーナンキFRB議長にも見られるようになった。

 FRB理事就任直後の〇二年一〇月には、「バブルは特定できないし、金融政策で対応するのは、大きなハンマーで脳の外科手術をするようなものである」と、バブルに手をつけるべきではないとしていた。

 ところが、〇八年一〇月の講演では、バブルに真っ向から立ち向かうべきであると認識を変えた。「バブル崩壊は、経済にとって極めて高くつく。危機から抜け出したら、今後は、問題にどう対応すべきかを考える必要がある」と。

 BIS(国際決済銀行)や欧州中央銀行は、バブル発生の兆候に目を見張らせ、バブルを発生させないような金融政策を採用することを基本置いてきた。それに対して、これまでのFRBは、バブルを退治する意思はなかった。地価や株価がバブルであるか否かを判断することはできない。事後的にあれはバブルであったと理解できるだけである、との立場をFRBはとっていた。たとえば、一九九〇年代後半にITバブルが進行していた時のFRB議長はグリーンスパンであった。彼は、バブル退治をするどころか、二〇〇〇年位バブルが崩壊した後、金融緩和を進めた。しかし、この金融緩和が結果的に次の信用バブルを招いてしまった。それもより大きな規模で。

 金融経済の規模は、実体経済の四倍はある。これにレバレッジがかけられて一〇倍以上になってしまっている。

 FRBは、このことに真剣に取り組むようになってきたものと思われる。個々の金融機関を監視してきたこれまでの政策から金融システムそのものを監視するようになったのである。これを「マクロ・プルーデンス(健全性)政策」という。ヘッジファンドやオフバランス取引などの「シャドウ・バンキング」(影の銀行)が横行するようになた。個々の金融機関がいかに健全なものに見えても、実際には、リスクを他に押しつけて、危機が隠されている。全体として大きなリスクを金融システムが内包していたことが、〇八年の金融危機によって示されたのである。どこに危機が蓄積されているのかのチェック体制が現行システムには不足していることが明かになった。中央銀行と金融機関監督機関との密接な連携で、当面の危機の克服と次の危機発生の防止を図るシステムの確立が要請されている(「悩める中央銀行4、繰り返される危機」『日本経済新聞』二〇〇八年一一月二九日付)。

 
 おわりに


 経済指標と大荒れの相場が、世界の主要経済国のリセッションに結びつき始めている。金融危機が世界経済の危機に拡大している証拠が、毎日のように増えている。週間失業保険新規申請件数が予想以上に増え、毎週記録を更新している。製造業受注は予想をはるかに下回っていおる。金融市場の混乱が、経済全体に広がりをみせている。米サプライ管理協会(ISM)は、製造業景況調査で、記録的な低水準を更新中であることを明らかにしている。

 FRBが発表するコマーシャルペーパー(CP)市場の残高は、毎週減少し、資金調達難に企業が喘いでいることが示されている。米政府が金融機関から不良資産を買い取るまでには時間がかかる。すでに、七〇〇〇億ドルの不良資産処理計画が、特効薬にはならないことがはっきりしてきたのである。恐慌がくるのが先か、システム改革が間に合うのか。間に合わないだろう思われる(http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/media/djCKK4824.html)。


 


(1) MBS(Mortgage Backed Security)は、モーゲージ(住宅ローン)を証券化したもの。米国においてモーゲージ証券の大部分は、政府系の機関であるジニーメイ(連邦政府抵当金庫)、ファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)、フレディマック(連邦住宅金融抵当金庫)により発行されている。モーゲージ証券は、米国国債と並ぶ高い信用力を有しているが、期限前償還のリスク(貸付期間が短くなることにより償還金額が減る)があり、よって投資家は一般的な債券より比較的高い利回りを享受することができる。

(2) 世界四大会計事務所の一つ。一八四九年ロンドンで創設されたプライスと、一八五四年同じくロンドンで創設されたクーパー(Cooper)が合併したもの。新会社は、ニューヨークを本社とし、〇七年度の収益は二五〇億ドル、一五〇か国に事務所があり、従業員総数は一四万六〇〇〇人と、世界第三位の規模である。四大会計事務所とは、同社の他に、KPMG、アーンスト・ヤング(Ernst & Young)、デロイト・トウーシュ・トウマツ(Deloitte Touche Tohmatsu)である(Wikipedia)。

  米国には、会計監査とコンサルタント業務との相反関係を禁止する企業会計改革法がある。二〇〇二年七月に成立した、サーベーンズ=オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act of 2002)がそれである。同法を実施する責務は、米国証券取引委員会(SEC)にある。企業会計改革法は、二〇〇一年一一月のエンロンや二〇〇二年六月のワールドコム等の会計不正による企業破綻を契機として制定された包括的な証券改革立法である。同法は、会計事務所に対する監督強化のための「公開企業会計監督委員会」(PCAOB)の設立、会計監査人の独立性の強化、コーポレート・ガバナンスの強化等の企業責任の強化、企業のディスクロージャーの強化、企業犯罪への罰則強化等、広範な内容を含むものとなっている。しかも、同法の適用が、米国内だけでなく、外国の会計事務所に対しても拘束できる規定を含んでしまっていることから、同法はつねに紛争の種になっている(http://www.fsa.go.jp/news/newsj/15/sonota/f-20030918-1b/213-216.pdf)。

(3) モーリス・グリーンバーグ。愛称、ハンク(Maurice R. "Hank" Greenberg )。アジア展開で、グリーンバーグの相談相手は、キッシンジャー(Henry Kissinge)である。一九八七年、グリーンバーグはキッシンジャーをAIGの国際顧問にしている。
 グリーンバーグは、米国外交問題評議会(Council on Foreign Relations=CFR)の名誉副議長兼理事を務めた。デービッド・ロックフェラー三者委員会(David Rockefeller's Trilateral Commission)メンバーでもある。一九八〇年代、レーガン政権からCIA副長官就任を要請されたが断った。米韓経済会議(US–Korea Business Council)、米中経済会議メンバー。ニューヨーク証券取引所理事、大統領貿易委員会顧問(the President's Advisory Committee for Trade Policy and Negotiations)、ニューヨーク連銀議長、副議長、理事を歴任(past Chairman, Deputy Chairman and Director of the Federal Reserve Bank of New York)。

 〇五年三月一四日、AIG取締役会がグリーンバーグに会長職辞任を要求。ニューヨーク州司法長官(Attorney General)のエリオット・スピッツアー(Eliot Spitzer)がグリーンバーグ親子が共謀して、AIGを食い物にしていると糾弾したのである。

 〇五年、五億ドルの架空の損失引当金計上による粉飾、保険および証券法違反などの容疑でモーリス・グリーンバーグは起訴された。モーリス・グリーンバーグは会長を辞任し、後任にはマーチン・サリバン(Martin Sullivan)。サリバンも〇八年六月一五日にサブプライム問題で辞任、後任のシティグループのバンカーであったロバート・ウィルムスタッド(Robert Willumstad)も、わずか三か月後の九月一八日に辞任(http://jp.reuters.com/article/topNews/idUSN1543003120080616)。後任にはエドワード・リディ(Edward M. Liddy)が就任した。

(4)ピムコ(Pacific Investment Management Company=PIMCO)のアナリスト、ビル・グロス(Bill Gross)によれば、"Shadow banking system"という表現を最初に使ったのは、同じピムコのポール・マッコーレー(Paul McCulley)であった(Gross[2007])。
 ピムコは、 債券専門の運用会社として一九七一年に、カリフォルニア州にて設立。設立以来三〇年を経て、世界最大級の債券運用会社に成長した。米国をはじめ、東京、シドニー、シンガポール、ロンドン、ミュンヘンに拠点を設け、グローバルにビジネスを展開し、世界中の投資家の資金を運用している(    http://www.smam-jp.com/image/wn/about_pimco.html)。

(5) Blackburn, Robin, "The Subprime Crisis," http://www.newleftreview.org/?getpdf=NLR28403&pdflang=en は、サブプライム問題の世界的な波及を綿密に叙述した秀作である。


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