消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(149) 新しい金融秩序への期待(149) クレジット・デリバティブという怪物(6)

2009-05-07 07:08:10 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)



 五 闇の金融


 デリバティブはカジノそのものである。サイコロの代わりに賭けるのは特定の企業の破産の可能性である。カジノで遊ぶには、チップを買わなければならないが、貸し手はデフォルトに対するリスク保険を第三者から買う。保険料を払ってもリスクを避けたい貸し手とリスクを買うことによって利益を得ようとする保険者との間でリスクがスワップ(交換)されるのである。デリバティブには、フューチャー(Futures)(8)、フォワード(Forwards)(9)、スワップ(Swaps)(10)、オプション(Options)(11)等々があり、これらが組み合わされて非常に複雑な形をとり、ますます取引が不透明になってしまう。

 レーガン(Reagan)政権以降、GOP(Grand Old Party、共和党の愛称)は、規制のない自由な市場というイデオロギーを米国政治の基本に置いてきた。しかし、このことが、米国を金融危機に追いやったのである。米国は、「金持ちには社会主義、そうでない人々に資本主義、というのが経済的真実である。富者には『心優しい保守主義』、貧者には『市場の規律』が適用されているのである」(Gonsalves, Sean,"Financial Weapons of Mass Destruction, September 22, 2008, http://www.alternet.org/story/99812/)。

 デリバティブが猛威をふるった〇八年の金融恐慌は、それがなかった一九二九年の大恐慌よりも深刻さの度合いが大きい。〇八年のデリバティブは全世界で五〇〇兆ドルを超えていたとされている。米国のGDPが一五兆ドル、全世界のGDPが五〇兆ドルであるのだから、デリバティブ契約は全世界のGDPの一〇倍もある。全世界の有価証券保有高が一〇〇兆ドルであったので、デリバティブはその五倍あったのである(Stock Marketwatch, Monday October 6, 2008)。

  ジョセフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz)は、ベルリンの壁崩壊が共産主義を終わらせたように、〇八年九~一〇月に生じた金融の動乱は、市場原理主義(market fundamentalism)の終わりを意味すると断定した(Stiglitz[2008b])。

 〇八年九月の金融動乱で米国では失業者が一六万人増加した。〇八年中には七五万人の失業増になるだろうとされている。

 米国経済は、貯蓄がゼロなのに、旺盛な消費によって支えられてきた。消費を支えるために、米国人は借金を増加させてきた。資本不足に陥った米国の銀行は、国民にカネを貸さなくなった。借金ができなくなるとき、国民の消費は当然抑制される。米国経済の需要は減少し、それは世界の経済を停滞させる。

 輸出に経済停滞からの脱出口を求めようにも、米国はドル高に見舞われている。このドル高は米国への信頼が高いからではなく、ヨーロッパの方が米国よりも経済状況が悪いからである。

 銀行救済には、二つの方法が議論されている。一つは、ポールソン(Hank Paulson)財務長官が初期に採用しようとしたもので、政府が不良債権を銀行から買い取るというものである。しかし、買い取る債権の価格を決めることは困難である。そもそも、銀行がつけた証券の価格の妥当性に対しての不信感が蔓延している状況で、政府が価格を設定してしまうことは、政府と銀行との駆け引きになってしまう。銀行は政府になるべく高く不良債権を売りつけようとするであろう。しかし、証券がその後値下がりしてしまえば、政府は大損してしまう。つまり、国民の税金が無駄に使われてしまう。国民は貧乏籤を引いてしまう。こうした事態をスティグリッツは、「表が出たら私の勝ち、裏が出たら君の勝ち」(It is a heads I win, tailes you lose situation)、「籤で外れの短い棒を引く」(holding the short of the stick)という諺で表現した(Stiglitz[2008a])。

  もう一つは、英国首相、ブラウン(James Gordon Brown)の案で、政府が問題の銀行に資本を注入することである。資本注入とは政府が銀行の優先株(Preferred Stock, Preferred Share)(14)を取得することである。スティグリッツはこの優先株取得を推奨する。

 そもそも、米国の金融界を主導してきた経済学が間違っていた。情報の完全性を前提し、インフレ・ターゲット論(15)を主張してきたのが、これまでの誤った経済学である。中央銀行の責務は、金利を動かすだけでなく、もっと広く経済全体の安定化を図ることにあるはずである。価格の安定化だけに中央銀行の機能を限定してしまえば、金融機関に投機的なリスクをとることを許してしまう。こうして、経済全体を損なう危険性を大きくしてしまうのである。つまり、インフレ・ターゲット論とは中央銀行と金融組織との対話を促進するというが、実際には、投機に関しては規制などの行動をと一切とらないということを意味する。スティグリッツは、そういた苦言を呈したうえで、以下のように経済危機の歴史的意味を理解する。

 今回の金融危機は、経済関する転換点であることはもちろんであるが、経済学の考え方そのもについて当てはまる。私欲(self-interest)が競争を通じて社会全体の幸福(well-being)を増大させるというのが、アダム・スミスを始祖と仰ぐ経済学の基本的視点であったが、この二五年間で生じたことは、情報の不完全性からスミス的世界は妥当しないということである。それは市場全体にいえる。とくに、金融市場は不完全情報の典型である。エンロンやワールドコムは確かに私欲を追求した。しかし、その私欲は社会全体の幸福を増大させなかった。金融という産業が私欲を追求した結果、経済は底なし沼に沈みつつある。現代経済には政府が重要な役割を演じている。

  重要なことは根っからの市場主義者がいまや政府に頼っていることである。しかし、その前に、金融崩壊を未然に阻止することが政府の役割であったはずである。現在、金融における公私の間には奇妙な対照性が見られる。私である、金融組織は、利益を確保したまま金融混乱の出口から出ていくのに、公の政府は損失を引き受けて金融混乱のだ只中に残されてしまう。こうしたことを避ける均整のとれた制度設計がこれからは必要となる(Stiglitz[2008a])。

 六 詐欺まがいの金融取引


 〇八年八月に経営破綻したアーバンコーポレーションが、破綻前にBNPパリバ(
Banque Nationale de Paris Paribas)から食い物にされていたことが明らかになった。パリバに設置された外部検討委員会(委員長、松尾邦弘・元検事総長)が〇八年一一月一一日に公表した調査結果では、パリバの行動を「市場を軽視した極めて不適切な行為」であり、アーバンコーポレーションへのパリバの働きかけは「顧客であるアーバンコーポへの背信であり、(パリバ)の安田雄典・日本代表ら経営幹部の責任は免れない」との批判が出された。松尾委員長は、「(パリバの)内部管理体制が形骸化しており、顧客重視の姿勢も希薄であった」と記者会見で語った。不適切な行為とは以下のことである。

 パリバの働きかけによって、アーバンコーポが、〇八年六月二六日にCB(転換社債型新株予約権付社債)三〇〇億円を発行して、パリバに引き受けてもらう約束をした。その三〇〇億円で短期借入金などの債務返済に使うとアーバンコーポは発表していた。しかし、実際には、この三〇〇億円は返済に使われるどころか、パリバがCBを引き受けし三〇〇億円を支払うという約束日の〇八年七月一一日に、アーバンコーポはすぐに三〇〇億円をパリバに払い戻した。アーバンコープ側には一文も入らなかったのである。払い戻した事実をアーバンコーポは公表しなかった。これは関係者を欺く行為であった。少なくともパリバによる資金調達でアーバンコーポが一息ついたと関係者は判断したはずだからである。

 実際の取引は、パリバが得たCBを株式に転換し、それを市場で売ってその売却代金を分割して段階的にアーバンコープに支払うというものであった。アーバンコープの三〇〇億円支払いとパリバの株式売却代金の段階的支払いというスワップが組まれたものであるが、このスワップには、アーバンコーポ側にはなんの益もない。パリバは、三〇〇億円が支払われた段階でアーバンコーポ株を空売りしていたのである。三〇〇億円をパリバはすでに手にしているのであるから、アーバンコーポ株が下がっても、パリバの懐は痛まない上に、株価が下がれば、空売りした分だけ儲けが出る。結局、パリバはアーバンコーポに約九一億円を払っただけである。単純計算で、パリバは三〇〇億円から九一億円を差し引いた二一九億円もの濡れ手に粟であったし、空売りによる利益(推定一二億円)もそれに加わった。そして、アーバンコーポは破綻した。破綻したときに、アーバンコーポはこの裏取引の存在を明らかにした。当然、金融庁や証券取引委員会が事実調査に入るであろう(『日本経済新聞』〇八年一一月一二日)。

 調査のためパリバが設立した外部検討委員会(委員長・松尾邦弘元検事総長)は〇八年一一月一一日、パリバの行為は「投資家と市場を軽視して不適切」と認定した。動機については、自社の手数料が減ることへの懸念や「契約実績をあげなくてはならない担当部署の意識」を報告書で指摘した。アーバンの増資を巡っては、破綻直後から「不適切」との指摘が相次ぎ、金融庁が調査。アーバンには臨時報告書で虚偽記載があったとして金融商品取引法違反で課徴金の納付を命令済みで、パリバへの対応が焦点だった(http://www.asahi.com/business/update/1112/TKY200811110338.html)。

 民事再生法の適用を申請したアーバンコーポの株主が、適用申請時にはじめて開示された事項に関して金商法違反であるとして、役員に対して損害賠償請求を提起する方向であることが明らかになった。問題視された事項というのは、スワップ契約によって、発行額よりはるかに低い金額しか支払われなかったということである。これを金商法違反として問題視して、役員に対して損害賠償請求訴訟が提起されたのである。

 金商法違反というのは、年度途中のことなので、有価証券報告書ではなく、臨時報告書や半期報告書などの虚偽記載ということになる(16)。


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