消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(78) 新しい金融秩序への期待(78) オバマ政権の人脈

2009-02-09 08:15:40 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

――今月二〇日に、米国ではオバマ新政権がスタートします。しかし金融破綻に象徴される経済問題では、当面解決策は見あたりそうにありません。そもそもこうした事態を招いたのは、何が原因なのでしょうか。

 一番大きいのは、収入面で米国の上位から四〇〇人の総資産が、下から数えて一億五〇〇〇万人の全資産を上回るという極端な掲載格差の構造にあると思います。その結果、圧倒的に資産を握るごく一握りのエリートたちが強力なネットワークを形成し、国家のみならず市場(マーケット)を動かしていく。つまり彼らの意思に、大多数の人々が従わざるをえないような構造が、現在の危機を生み出したといってよいでしょう。

――以前、「小さな政府」を唱える新自由主義者たちは、「市場に任せろ」などと主張していましたが。

 ですから話は逆で、彼らが市場を支配したのです。そうなったのは一九九〇年代
のクリントン政権の時代からで、現在の金融危機をブッシュ前政権だけの責任にするのは酷な面があります。この時代に、金融の持つ意味が大きく変わっていった。

――具体的には。

 同政権の国家経済会議(NEC)議長や財務長官を歴任したロバート・ルービンが進めた「ルービノミックス」と呼ばれる一連の金融緩和措置により、それまで「モノ作りの下僕」とされていた金融が性格を変え、儲かるところだけに特化していきました。
 その象徴が一九九九年に制定された金融近代化法で、銀行と証券、保険の兼業を禁止したグラス=スティーガル法を廃止しました。これによって利益率の薄いモノ作りを中心に融資してきた商業銀行よりも、金持ちの金を運用するファンドを顧客とする投資銀行に資金がシフトしていく。この投資銀行は「シャドーバンキング」と呼ばれ、言わば闇の金融機関です。行動は自由、投資手口も公開しなくともよく、政府の規制も受けない。その代わり、いざという場合には政府の救済を当てにしない「自己責任」が建前で、年二~三〇%というハイリスク・ハイリターンの配当を実現する。そのため、全世界の金融機関から投資銀行に投機資金が集まってきました。

――問題の「サブプライムローン」(焦げ付きリスクの高い低所得者向け高金利型住宅ローン)の証券化も、こうした投資銀行が主導しましたね。

 この金融緩和によって、何が生じたか。デリバティブ(金融派生商品)の全面開花であり、指摘された債務の証券化であり、そして貸し手責任の倫理の希薄化、経済格差の急激な増大でした。この投資銀行=「シャドーバンキング」は素人相手の商売で、顧客はコストや適正価格など想像もつかず、当然ノウハウもないからゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズという「ブランド」を信用するしかない。それでも、ごく一握りのファンドマネージャーに巨万の富が集中したのです。

――ルービンと言えば、閣僚にはなりませんでしたがオバマの「経済チーム」の有力メンバーですね。

 そこなんです。危機の原因を作った張本人が、それへの対処にあたるというのはある意味で怖さを感じます。民主党内でヒラリーからオバマ支持への流れを作ったのもルービンでしたが、今回の人事で国家経済会議議長の新議長になったローレンス・サマーズも、財務長官となったティモシー・ガイトナーも、全部ルービンの言わば「子飼い」です。もともと財務長官はルービンが本命視されていましたが、自身が破産の危機に瀕して政府からの二五〇億ドルの公的資金注入を受けたシティ・グループの経営執行委員会会長ですから、救済を仰いだ当事者が長官になれば批判が出るので断念したのでしょう。オバマも「チェンジ」を唱えながら、実際は旧クリントン政権と同じということなのでしょう。

――しかもルービン本人の口から、自分が危機を作り出したという反省の弁も聞かれません。

 彼らマネタリストは、ことあるごとに「大きな政府」を批判して「小さな政府」を唱えてきました。ところが、現実はどうでしょう。米国は史上最大の「大きな政府」になった。しかもクリントン政権に入るまでゴールドマン・サックスの共同会長だったルービンは「自己責任」とか「市場に任せろ」などと唱えながら、そのゴールドマン・サックスも含めて全投資銀行は政府の資金援助を当てにしている。しかも、何一つ具体的な経済政策や金融のルールについての議論も聞かれないのが実態です。

 ただ彼らのみならず、「金融工学」や「金融立国」を賛美した経済学者の責任も大きい。その中心である米国のシカゴ学派の学者たちもノーベル経済学賞を独占してきたわけですが、日本のそうした学者の代表格である中谷巌氏も「市場信仰は間違っていた」と述べる程度で、理論的にどう間違っていたかの踏み込んだ検討については、手つかずの状態です。です。

――まったく矛盾だらけですね。そんな連中が、巨大危機を作り出した。

 何よりも把握せねばならないのは、現在の恐慌がまだせいぜい一合目か二合目程度で、これから保険や実体経済にもどんどん波及していくという点です。しかも、デリバティブなど投資銀行の活動は政府に何も報告しなくともいいので、不良債権の総額が未だに不明です。どこに病理があるのか分からないから、切開のしようがない。実際、すでに米国はGDPの半数以上の資金を注入していますが、いまだに底が見えません。これではブラックホールのようにいくら資金を注入しても、どこかに消えていく。経済には回ってきません。

――新政権はどうするのでしょうか。

 今後も根本的な解決策を見出せないまま、その場しのぎ的にズルズルと資金を注入していくだけでしょう。その一方で、「チェンジ」という抽象的なフレーズを繰り返してマスコミ操作をしているだけではないか。もう、最悪ですね。かつての小泉政権の「改革」と同じで、ワンフレーズというのは本当に恐い。単なるイメージだけで中身がないのに言葉だけが一人歩きして、何か実際にやっているかのような幻想を与えますから。

――でも、無限に資金注入を続けるのは不可能です。すでに〇七年五月段階で米国連邦政府と地方政府の累積赤字は約五九一〇兆円に達したとされ、今後の金融危機を乗り切るための追加資金も限りがあるのでは。

 そう。政府が、どう、お金を手当てするかというのが根本問題になりますが、米国債を発行して買ってもらうしかありません。ところが、中国や日本、それにアラブの石油産出国を合わせても必要な額を買ってもらうためには限度がある。そこで、禁じ手を使ったのです。つまり、米連邦準備制度理事会(FRB)が印刷した紙幣で、財務省が発行する米国債を買っている。

 でも、結局これは史上最大規模のドルの垂れ流しに過ぎません。このツケを、いったいどうするつもりなのでしょうか。恐らく、このままだと五~六年後には巨大なハイパーインフレが来るでしょうね。そこで、それを避けるために再び禁じ手を使う。以前の世界恐慌のように、今度もドルの価値を切り下げての新紙幣に踏み切るのではないか。もう、それしか考えられませんから。

 ――そこまでやると、ドルの基軸通貨としての地位は揺らぐのでは。

 当然、英国のブラウン首相など一部の国から出ているように、野放図なドルの一極体制を是正する「第二のブレトン・ウッズ体制」が求められるはずです。これこそが、本当の意味での「チェンジ」です。しかし米国は、どんな手段を使っても基軸通貨としてのドルを手放さないでしょう。これこそ、米国の最後の生命線ですから。一九四四年のブレトン・ウッズ協定でポンドの基軸通貨としての地位が終わり、同時に大英帝国も没落した。その二の舞を、絶対に米国は繰り返さないでしょう。

 しかも今回の金融危機で、ドル以上に傷ついたのはユーロです。欧州各国は、競って米投資銀行の金融商品に飛びつきましたから。さらに、円も完全に没落した。現在の円高は一時的な資金の流れでそうなっているだけで、もはや対外的な信用はゼロに近い。そうなると寂しすぎる光景ではありますが、結局はドルしかないという話に落ち着く。

――九〇年代にITバブルがはじけ、今度は金融バブルがはじけました。当面、オバマ政権は何で食いつないでいくつもりなのでしょう。

 よく言われているのが、広い意味での「環境ビジネス」ですね。温室効果ガスを排出する権利「排出権」をグローバルに売買する排出権の取り引きなどがあげられますが、これもそのうちメッキが剥げるのではないか。世界中からカネを集めるためだけの「環境バブル」で終わる可能性が高い。

――これでは、結局いつになっても「チェンジ」は不在だと。

 前回の世界恐慌では、ケインズというスーパースターがいた。これが「希望の星」だとみんな必死でケインズの理論を勉強しました。しかし今回の恐慌で恐いのは、「次の理論」が出てこない点なのです。ですから、どう現在の市場を「チェンジ」すべきなのか、何も見えてこない。ここで新たな経済学を作っていかなければ、大変なことになりますよ。

――日本も、正念場ですね。

 結局、米国のバブルによって私たちもいい目にあっていた。国内で四五〇万台しか売れない主力産業の自動車をなぜ一〇〇〇万台も生産していたかといえば、結局は米国市場があったから。実需だと思っていたのが結局はバブルだったのに、それによってこの国の製造業が維持されていた。こんな危ういシステムの上に、日本経済は成り立っていたのです。

 これからは、もっと足腰の強い内需に依拠したマーケットを作っていかねばならないでしょう。自動車なども、生産調整して別の方向に切り替えていかなければなりません。さらにドル一極体制を是正するため、少なくともアジア共通通貨の創設に向かうべきでしょうね。当然、欧州連合(EU)の教訓も学ばなければいけません。「市場原理主義」にしろ「新自由主義」にせよ、もうこの辺でいい加減に米国流が最善であるかのような愚かな信仰を捨て、この国なりの経済の在り方を自分の頭で考え出していくべきです。