消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(72) 新しい金融秩序への期待(72) 

2009-02-04 19:22:39 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

新しい金融秩序への期待(72) 構築が急がれる金融犯罪防止の新しい金融システム(2)


 1 すべては酒販売自由化から始まった


 日本の小売酒販店は、小泉内閣の規制緩和の嵐の直撃を受けた。2001年までは、酒類販売の免許を取得するさいに、大型店などの特例を除き、既存の酒小売販売売り場との距離が一定以上離れている必要があるという距離基準、及び一定人口に1店舗しか免許が下りないという人口基準があった。酒販売店は近所に競合店ができないように、法律で厚く保護されていたのである。

 しかし、2001年1月に距離基準が廃止された。しかし、人口基準はまだ残っていて、東京都の特別区など、大都市では1500人に1店、中都市では1000人に1店、小さな町村等では750人に1店しか、酒類販売が認められていなかった。

 2003年9月には人口基準も廃止された。酒類販売免許が取得しやすくなり、酒屋の隣のコンビニエンスストアで酒類が販売される、ということが起こるようになった( http://www.foodrink.co.jp/backnumber/200302/news0209j-2.html)。

 ただし、経営に大きな影響を受ける1部地域の中小・零細の酒店を保護するため、自民党などが同年、「多くの小売店の経営が困難に陥っている」など1定の条件を満たした全国1274地域(地域は原則、市町村単位)を対象に、例外的に出店を規制する特例措置を議員立法で定めた。この法律が、「酒類小売業者経営改善等緊急措置法」である。

 同法は03年9月から2年間の時限法だったが、個人経営の酒店などを中心に再延長を求める声が強く、05年8月に1年間の再延長が決まった。この特例法の成立、その延長を政府に対して強く働きかけてきたのが、中小酒販店の業界団体、全国小売酒販組合中央会であった。このときの政治献金は、それこそ、生死をかけて巨額のものであったという(4)。

 しかし、06年、件の中央会が、元事務局長の業務上横領事件に伴い政治活動を自粛した。さらに、政府・与党が06年6月18日までの通常国会の会期を延長しない方針を固めたため、再延長の法案提出が間に合わず、時間切れとなった。そして、6月12日、与党が同特例法の再延長をしない方針を固め、結局、出店制限の特例法は、06年8月末に失効し、06年9月から全面的に自由化されることになった(『讀賣新聞』2006年6月13日 付)。高くついた詐欺被害であった。

 2 金融の闇


 21世紀に入って進行した金融自由化によって、08年の金融暴風雨の発生まで、海外での運用を売り物にした金融商品が跳梁跋扈していた。スイス、香港、カリブ海のオフショア市場へ資産を移し、国内では考えられない高利回りを提示する業者が輩出した。中には、いままで名前も聞いたこともない国の債券や金融機関まで出てきた。そして、危険な金融商品に免疫力のない素人が、企業、個人を問わず、非情な狼たちの餌食になった。大金を預けたはいいが、ある日突然、それが海の向こうで消え去るという被害が相次いだ。

 ICGグループによる被害もそれであった。日本国内の二百数十人から合計120億円余りを集めたまま、英国の投資会社、ICGが03年5月に破綻したのである。

 ICGは、1993年、英国のリンカーンシャー(Lincolnshire)で設立された。創業者は2人の若者、リンカーン・フレーザー(Lincoln  Frazer)とジャレド・ブルック(Jared Brooke)であった。投資アドバイスが業務であった。1994年、ビンブルック英空軍基地(Royal Air Force Station Binbrook)の一角を譲り受け、ここに本社機能を構えた。その後、カリブ海のバハマや豪州、香港、ケニア、ルーマニアなど世界各国に投資アドバイス会社を相次いで開設した。

 ICGが、日本に進出したのは1998年5月。国内では、日本長期信用銀行、北海道拓殖銀行、山一証券が経営破綻し、株価はバブル崩壊後の最安値を更新し続け、預金も超低金利であった。ICGは、年利8.5%、確定利付き・元本確保型の円建てファンドを鳴り物入りで発売した。「フィックスト・インカム・円・ファンド」(金利は毎月均等払い)と「フィックスト・グロウス・円・ファンド」(金利は1年後に一括払い)の2種類で、両方ともに元本保証で運用期間は最低1年。最低投資金額は500万円で、前者の年利は6.5%、後者は8.5%であった。00年前半の国内の銀行の預金金利(1年定期)は0.12%であったので、ICGが提供する金融商品は、格段に有利なものであった。人々は簡単に騙された。

 手口はいかがわしいものであった。日本で集められた資金は、バハマにあるオフショア市場に設立されている運用会社ICミューチュアル(IC Mutual)や、西インド諸島のグレナダ(Grenada)ICミューチュアル・ファンド(IC Mutual Funds)を経由して、英国で消費者向け金融業務を行うICファイナンシャーズ(Financiers)に回されていた。資金は、英国の軍人向けの消費者金融などで運用されていた。それが破綻した。

 同社の日本法人の弁明は、2点であった。

 まず、第1点。01年9月11日の同時多発テロ以降、米国政府が、テロ資金が通過するオフショア市場への締めつけを強めてきた。西インド諸島のグレナダにあるグループ傘下の銀行は、投資家からの資金の受け入れ先となっていたが、02年5月、この煽りを食って閉鎖に追い込まれてしまった。

 第2点。その後、02年6月から、ICGは、資金管理を、英国の監査法人マザール(Mazar)に委託した。この時点ではグループは債務超過ではなかった。ところが、マザールは資産を売却してしまい、投資家の金も消え去った。

 真相は不明である。とにかく多額の資金が1瞬にして消え去ったのである。中央会もこの手口に引っかかった(以上は、http://kodansha.cplaza.ne.jp/mgendai/200312/main.htmlに依存した)。

 07年1月16日付『朝日新聞』には、「酒販組合の年金破綻問題、東京と大阪で集団提訴」という見出しが踊った。

 以下内容を要約する。

 全国小売酒販組合中央会の共済年金が外債投資で破綻した問題を巡り、共済年金に加入していた東京や大阪など14都道府県の115人が07年1月15日、中央会などを相手に計3億6800万円の賠償を求める訴訟を東京、大阪両地裁で起こした。1人あたりの請求額の平均は東京訴訟が318万円、大阪が208万円。中央会は掛け金の85%の返還を決めたが、実際に返されたのは15%に留まり、未払いの70%を請求する。訴えによると、年金共済はリスクの高い外債に資金を集中して投資。約145億円が回収不能となり、破綻した。投資を主導した元事務局長が背任罪で起訴された。弁護団は相談窓口を開設し、被害が確認されれば追加提訴をおこなう方針。以上。

 弁護団の1人、山口貴士弁護士が事件の大要を次のように解説している。
 02年3月の時点で、全国小売酒販組合中央会の共済年金事業は破綻しかかっていた。運用を担当していた信託銀行からは事業の廃止を提案されるほどであった。そこに、金融ブローカーのX(被告)が、リスクの高い外国債であるチャンセリー債の購入を中央会の事務局長(被告、背任罪などで公判中)に持ちかけた。事務局長は、自分が実務を取り仕切っていた地位を生かして、02年12月にCSを介して、チャンセリー債を約145億円も中央会に購入させた。チャンセリー債は、04年6月から償還が始まるはずだったが、約10億円の利息と遅延損害金が支払われたほかは、07年に至るまで償還されていない。こうして、約145億円もの年金の原資は消えてしまい、年金加入者達は老後の生活資金を失ってしまった。

 「チャンセリー&リーデンホール」の実質的な代表者、ウィリアム(ビル)・ゴドレーが、投資被害を発生させたのは初めてではない。ゴドレーは、英国重要詐欺局(SFO=Serious Fraud Office)が捜査中の国際投資グループ、ICGの中心的な人物でもあった(
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2007/01/post_7c61.html)。