消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

 野崎日記(71) 新しい金融秩序への期待(71) 

2009-02-03 19:21:08 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 新しい金融秩序への期待(71) 構築が急がれる金融犯罪防止の新しい金融システム(1)

 はじめに

 全国小売酒販組合中央会は、全国の酒小売販売業者によって組織されたものである。私的年金事業を営んでいた。この年金事業が2004(平成16)年6月に破綻した。いかがわしい社債を世界の一流金融機関から掴まされ、全額無価値になってしまったからである。

  掴まされた社債、「チャンセリー債」(Chancery Bonds)の発行体は、カナダの「チャンセリー&リーデンホール・リミテッド」(Chancery & Leadenhall, Ltd.)という会社であった。この会社は、ウィリアム・ゴッドリー(William Godley)という南アフリカ国籍の人間の所有であった。中央会はこの会社に年金基金の80%を投資していたのである(1)。

 同中央会は、2002(平成14)年12月から2003(平成15)年4月にかけて、この社債を144億円分購入した。ただし、購入を決断したのは、同会の理事会ではなく、事務局長であった。事務局長が理事会の承認を得ることなく、独断専行で購入してしまったのである。ちなみに多くの金融詐欺事件は、正式の理事会を通さずに、担当職員の暴走によって契約されたものである。パターン化されたこの手口にじつに多くの企業が引っかかっている。

 被害者は、中央会ではあるが、老後に備えて同会に年金の掛け金を支払い続けていた小売店主の有志が「全国証券問題研究会」の会員弁護士に調査を依頼した。依頼人数は170名、依頼者だけでも、被害総額が5億2493万円であった。

 いかがわしい社債を組成したのは、「インペリアル・コンソリデーティッド・グループ」(Imperial Consolidated Group)の日本組織、「インペリアル・コンソリデーティッド・ジャパン」(Imperial Consolidated Japan)であった。この組織は、日本で「アジャンドール倶楽部」という名前でも営業していた。インペリアル・コンソリデーティッド・グループ(以下、ICGと表記する)は、行政監視の緩いカリブ海諸島に本拠を置き、米国、オーストラリア、ニュージーランド、日本などで、消費者金融業、事業者金融業に投資すると称して、投資家から多額の資金を騙しとっていたことで、多くの訴訟問題を起こしていた。

 中心人物のウィリアム・ゴッドリーは、訴訟費用を融資する英国のファンド、インバーロ(Invaro)への貸付事業に投資すると標榜して、中央会の年金資金を騙しとったのである。

 このいかがわしい社債の販売に、クレディ・スイス(Credit Suisse、以下、CSと表記する)が係っていた。チャンセリー債を、中央会はCSを通して購入していたのである。これは、中央会がCSと交わした「信託契約」(Trust Agreement)に基づく(2)。名高いCSと契約したのだからと、中央会が頭から信用してしまったのもやむを得ないであろう。

 CSは、中央会と契約するさいに、事前に契約書の案文を見せていなかった。また、中央会の1事務員が代表者の印鑑を勝手に使用することに異議を挟まなかったという通常の手続きを無視したと訴訟団から訴えられている。そして、クレディ・スイスは中央会から1億円もの手数料を得たとされている。CSは、被害者弁護団の質問にさいして、「当社は、チャンセリー債がどういうものか知らないし、知る義務もない。すべては、中央会の自己責任である」と返答したという。

 弁護団は、次のように感想を述べている。

 「本件は、あらゆる私的年金事業の劣悪な資産運用管理態勢が表面化した事件ですが、年金事業者が、殊に国際投資詐欺に対する免疫をほとんど持ち合わせていないことを物語る事件でもあります。不幸にして、このような事件が起こったのは、複雑な金融商品が氾濫し、しかもそれが国境をまたいで世界中を駆け巡っているという現象と無関係ではない、むしろそういった流れにあって不可避の病理現象と捉えております」(「全国小売酒販組合中央会・巨額投資被害事件、被害者弁護団」のパンフレット、2009(平成21)年1月20日付)(3)。