消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(15) 新しい金融秩序への期待(15) P・クルーグマンによる「私」型金融システムの批判

2008-11-25 20:37:36 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 辛口の批評家として知られているプリンストン大学教授、ポール・クルーグマンが、〇八年三月二一日付『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで述べている。

 あらゆる規制をくぐる抜ける「陰の銀行システム」が作り出されていた。それは政治家に規制緩和政策を採用させることによって実現したシステムである。「陰の銀行システム」は、複雑な金融システムを次々に開発していった。そして、規制に縛られている旧金融システムを凌駕した。規制されていない銀行システムが旧いシステムの銀行よりも有利な条件の金融商品を顧客に提供できたからである。

 その一方で、規制のない自由なシステムの危険性を危惧する人たちは、将来の希望を見ない時代遅れのものたちとして馬鹿にされた。しかし、いまや陰の銀行システムから現金が引き出されている。その結果が、「金融収縮の悪循環」である。それは三世代前に生じた金融恐慌の再来である。以上が、クルーグマンの見解である。

 「陰の金融システム」という言葉は、巨大債券運用会社のPIMCO(パシフィック・インベストメント・マネジング・カンパニー)の最高投資責任者(CIO)のビル・グロースによるものである。ここで、「陰」というのは、取引内容がすべてオープンになることを強制されている商業銀行(表の銀行システム)に対して、取引内容が表に出ないということを意味した言葉である。

 ニューヨーク大学スターン・ビジネス・スクールのヌリエル・ルービニ教授は、「陰の銀行システム」より広く、「陰の金融システム」と言った方がよいと主張している(〇八年二月五日付RGEモニター)。

 
証券の支払い保証を専業とする保険会社の「モノライン」、会員制投資クラブの「ヘッジファンド」、証券を販売する投資目的会社の「SIV」(ストラクチュアード・インベストメント・ビークル)、銀行ではない金融機関の「ノンバンク」なども「陰」の部分だからである。


 ごまかしであった直接金融礼賛

 「陰の金融システム」こそ、「私」型金融システムそのものである。預金者の金を企業に商業銀行が仲介する「間接金融システム」よりも、企業が投資銀行を通じて資本市場から資金を調達する「直接金融システム」の方が優れていると金融の専門家や実務家たちは、これまで、声高に語ってきた。その声は、「金融ビッグバン」、「金融における規制緩和」として実現された。しかし、そこには陰のシステムによるトリックがあった。公を理由に規制で縛られて自由度の小さい「表の金融システム」に対して、当局の保護はいらないから自由に泳がせて欲しいという「陰の金融システム」の方が、ギャンブル制が高く、それだけに金余り社会にフィットしただけのことであった。上げ潮の局面では、陰のシステムの方が魅力的であったが、引き潮局面では、破滅的な金融収縮を招くことが、今回のサブプライム問題によって、示されたのである。


 金融収縮の連鎖

 史上最悪の住宅不況に現在の米国は喘いでいる。すでに、一〇〇〇万世帯が家を手放し、鍵を封筒に入れて住宅を担保に取っている銀行に郵送しなければならなくなった(ジングル・メールという)。

 サブプライムの内容であるRMBS(住宅ローン担保証券)やCDOs(債務担保商権)の価値暴落が止まらない。サブプライム・ローンは、「忍者ローン」と呼ばれる、頭金ゼロ、はじめの二~三年間の低金利、所得・勤務先・資産に関する証明書の提出不要、等々の無謀なローンであった。〇五年から〇七年までに契約されたローンの六〇%が忍者ローンであった。

 損失は全不動産担保証券に及んでいる。ゴールドマン・サックスの推計では、損失額は四〇〇〇億ドルに達している。

 不動産担保証券を買うための資金調達手段であるABCP(資産担保コマーシャル・ペーパー)の発行ができなくなった。モノラインも支払い不能になってしまった。クレディット・カード、自動車ローン、学資ローン、等々の商業債務支払いも困難になっている。不動産ローンから商業ローンへ、さらに銀行融資へと金融危機が連鎖している。あらゆる証券の価格低落が加速している。地方債も例外ではない。ファンドなどが保有する資産のNAV(純資産価値)は低落の一方である。

 住宅を失って、多くの住民に去られてしまった街は、ゴーストタウン化している。こうした街で事務所、商店、ショッピングモール、ショッピングセンター建設に乗り出す業者がいなくなった。事実、デフォルト(支払い不能)率の高さを示すCMBX(商業モーゲジ担保証券のデフォルト・スワップ)指標はそのことを示している。

 商業モーゲジ証券を購入していた銀行は破産に追い込まれている。預金の取り付け騒ぎが始まった。金融機関が資金繰りに困り、FHLB(連邦住宅貸付銀行)の貸出も急増した。

 借入金を増やして、それを投資に回すというLBO(レバリッジド・バイ・アウト)の手法が火傷を大きくした。大規模のLBOがCLO(ローン担保証券)市場を破壊してしまった。


 経済パニックの本格化

 今後、企業倒産が激増するであろう。一九七一年から〇七年の年平均デフォルト率は三・八%であった。しかし、〇六年と〇七年はわずか〇・六%であった。この二年間はジャンク・ボンドと国債との利子率の開きはほとんどなかったほど、金融の超緩和状態にあったからである。その局面が急激に反転したのである。それだけに経済パニックが大きくなる。

 ジャンク・ボンドと国債利率の差が最近では開いている。デフォルト・スワップ指数であるiTraxxとかCDX指数も、デフォルト急増の現実性を示している。おそらく、デフォルト率は〇八年内に一〇%を超すことになるだろう。

 支払い保証の対象である証券は五兆ドルであるが、保証を売買するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場はその一〇倍の五〇兆ドルもあると言われている。この損失額は二五〇〇億ドルになると推計されている。

 支払い保証の買い手だけが損をしているだけではない。モノラインの倒産に見られるように、保証の売り手までもが支払い保証約束を履行できなくなってしまった。陰の銀行システムの断末魔である(ヌリエル・ルービニ「高まる金融システム溶解の危険性―金融崩壊の一二の段階」、『RGEモニター』〇八年二月五日参照)。