消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(10) 新しい金融秩序への期待(10) 誰も中身を知らずにCDOに投資した

2008-11-19 00:31:00 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 昨今、マスコミを賑わしている「サブプライム・ローン」という流行語を、昨年初めにはどのくらいの人が知っていたのだろうか。肝心の金融マンですら単語を知らなかったのではないだろうか。なぜいまになって急に流行語になってしまったのだろうか。この当たりにサブプライム・ローン問題の謎を解く鍵がありそうだ。

 例えば、健康補助食品であるサプリメントという言葉を知った途端にサプリメントが氾濫した。 初めは人の噂話で、次いでコマーシャルで、そして、その方面での権威者のお墨付きで、最終的には米国政府からの『年次改革要望書』でコンビニ販売を強要されて、法改正を得て、サプリメントの大市場が出現した。

 サブプライム・ローン危機が大騒ぎされている裏にはなにがあるのだろうか。危機が喧伝されている過程で、誰が損をし、誰が得をしているのか。まだ真相は分からない。しかし、勝者と敗者とを見極めるところから問題の真相に迫ることができるはずである。

 CDOの長い連鎖が続く間に、最初の支払い不能(デフォルト)のリスクがどの証券に含まれているのかが分からなくなってしまう。

 そして、ご存知のように、CDOが売れなくなってしまった。支払い能力に難点のある人たちに、なぜ膨大な貸付をしてしまったのか。債権の証券化はゆき過ぎたのではないのか。格付け会社による格付けは正しかったのかどうか。誰がデフォルトを含むCDOを保有しているのか。そもそも、金融機関の本当の損失額の大きさはどれだけなのか。資金流出でどの金融機関が破綻するのか。モノラインは保証を連発し過ぎて倒産するのではないのか。倒産が相次ぐヘッジファンドの将来はどうなるのか。

 要するに金融界が疑心暗鬼に捕らわれてしまって、信用の連鎖が切れてしまった。これが多くの人が理解しているサブプライム・ローン問題の概要である。

 サブプライム・ローンは金融にまつわるすべての危険性が詰め込まれたリスクの缶詰である。そうした認識を多くの人が共有するようになった。しかし、真の怖さはもっと奥深い所にある。そもそも、このとんでもない金融の不祥事に市場がほとんど関与していないという信じられないことが進行していたのである。

 二〇〇八年二月九日、東京で開催された先進七か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)が採択した共同声明で、「証券化商品の格付け手法の透明性確保」が金融機関には必要であることが盛られた。まず格付け会社格付け手法がよく分かっていない。よく分かっていないのに、格付け会社の「勝手格付け」によってトリプルBに満たない評価を与えられてしまえば、その企業の資金調達が困難になって、市場から撤退を余儀なくされてしまう。つまり、格付け会社は企業社会における帝王である。この帝王の寵愛をどうすれば得ることができるのかを懇切丁寧に企業に指導する「助言組織」が輩出する。格付け会社の元調査員たちが設立するコンサルタント事務所がそれである。ニューヨークを本拠にする「カントウェル」がその代表格である(http://www.askcantwell.com/)。

 プライム・ブローカーの金融機関(主としてシティグループなどの金融コングロマリット)がそうした助言組織の助言を得て帝王の格付け会社からの評価を得、さらにモノラインからCDSという金融保証を購入したきてうえで、CDOに価格を付ける。この点が重要である。

 
CDOの価格は、市場によって付けられたものではない。プライム・ブローカーによって人為的に付けられた仮想価格である。仮想価格といっても、高度な金融工学理論によって計算された科学的なものであるというのが売り物である。しかし、市場で―一度も価格付けが行われないまま、CDOが他者に売られる。

 この販売に、「カストディアン銀行」が関与する。「カストディ」とは顧客の依頼で証券などを購入し保管する業務のことである。多くの機関投資家がカストディ銀行のアドバイスでSIVから、サブプライム・ローン関連のCDOを、現物も見ずに、購入したのではないか。とにかく、ハイリターンの金融商品だという触れ込みだけで。CDOを売りつけるプライム・ブローカーの著名度、CDOを格付けした格付け会社の帝王としての風格、モノラインの保証への信用、そうした一流(プライム)という金融のエリートたちが、まさか怪しげな金融商品を売りつけているとは誰も想像できなかったことであろう。

 サブプライム・ローンの受け手が支払い延期に追い込まれるのではないかとの風評が立った。事実、連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ決定によって、ローンの延滞の可能性は高まっていた。しかし、それはあくまでも可能性であり、デフォルトが激増したわけではなかった。デフォルトは可能性としての風評であった。ここにきて、CDOの本当の価格はどの程度なのかという疑念がCDO保有者の間に広まった。市場で売ろうにも、そもそもが価格の付いていないCDOは売ることもできないことに保有者たちは気付かされる羽目になった。市場は痙攣した。

 そして、決定的なことが起こった。二〇〇七年一一月、米国の会計基準が突然に変えられた。保有証券が、価格付け方法の差異によって、三つのランクに区分された。「レベル1」は市場で確定した価格をもつ証券である。「レベル2」は金融当局が公的に認知した計算方法に基づいて計算された価格をもつ証券である。そして、サブプライム・ローン関係のCDOが「レベル3」になった。金融機関が勝手に価格を付けたものであるので、その額を定期的に報告しろというものであった。

 レベル3の証券を多数保有している金融機関への不信感を増す効果を改正基準はもった。シティグループがレベル3をさらに拡大解釈して損失として処理した。なぜなのだろうか。それに、急激な株価の低落で莫大な利益をせしめた空売りの仕掛け人は誰なのであろうか。誰が勝者で誰が敗者かはまもなく判明するが、世界的に巨大な金融再編成の幕がやがて切って落とされるであろうことは容易に想像できる。

 先述のハゲタカ・ファンド、ドニガル・インターナショナルのえげつなさを再論したい。一九七九年にルーマニア政府がザンビア政府に一五〇〇万ドルを融資した。一九九九年、ルーマニア政府は困窮したザンビア政府に同情して債務を三〇〇万ドルに減額する約束をした。しかし、どういった事情があったのか、ドニガル・インターナショナルという英国のハゲタカ・ファンドがルーマニア政府からこの一五〇〇万ドルの債権を三三〇万ドルで買い上げた。そして、ドニガルは、ルーマニアから購入した債権の支払い請求訴訟を起こした。二〇年間の利子分や手数料を含めて請求額は五五〇〇万ドルもの巨額であった。そして、英国の裁判所はザンビア政府に一五〇〇万ドルの支払いを命じたのである。

 G8が抱える問題点はすべてこの事件に集約される。サミットでいくら貧困国への債権を減額するとの合意が成立しても、この種の闇取引が政治家とファンドの間で交わされるものである。洞爺湖サミットでは環境ビジネスが正式に認知される。教育開発や社会整備の援助が貧困国に供与される合意もできるであろう。

 しかし、そうした資金の多くが、闇取引でハゲタカ・ファンドの餌食になってきたのである。仏独政府はファンドの規制をG8で訴えるであろう。しかし、両国ともに、サブプライム・ローンで暗躍したヘッジファンドをもっている。本気で取り締まろうとするのではなく、米国に傾斜したファンドの富の再配分を要求することに本意があると見なせるのである。