消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(11) 新しい金融秩序への期待(11) 年次改革要望書

2008-11-20 22:17:34 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 日本の経済政策の多くが、自前のものではなく、米国の要求を忠実になぞるだけのことであったことについては、いまでは多くの人が気付いている。

 郵政改革、商法・会社法改革、法科大学院創設、構造特区、公認会計士の増員、医療保険改革、三角合併、等々、三代前の首相の名を冠された小泉改革のほぼすべてが、米国の要求に応えるものであった。

 米国の対日要求は、多くのルートを通って出されるが、中でも、〇一年から毎年、秋に出される『日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書』が大きな圧力となっている。これが世間で有名になった『年次改革要望書である。以下、要望書と表記する。

 前の年の要望書を受けて、日米両国は、上級会合で政策化が図られる。上級会合には、電気通信、IT、医療機器・医薬品、分野横断的問題、の四つの作業部会がある。その成果が次年度の要望書に盛り込まれる。しかし、日本の対米要求はほとんど意味をなしていない。米国の対日要求の強さのみが目立つ。それは、米国の生の対日要求姿勢を表している。最新のものは、〇七年一〇月一八日に提出された。そこでは、とくに、医療機器・医薬品分野が重視されている。

 〇七年要望書の医療分野における記述は、非常に高圧的なものである。
 医療機器・医薬品を扱う節の冒頭には、〇七年八月に米国が日本に示した「産業ビジョン」における「米国の数々の提案を迅速に導入するように促す」という文章が掲げられている。「産業ビジョン」では、主として新薬に関する米国側の要求が盛られたものであった。新薬治験方法、新薬承認審査の迅速化、米国を含む外国製新薬の正しい評価、等々がそこには列挙されていた。

 こうした新薬に対する米国の要求を速く実現させ、医療機器分野にも同様の基準を提供すべきであるというのが、今回の要望書である

 高額医療機器の開発・導入をし易くするような価格算定方法を作ること、革新的な医療機器の導入承認を迅速化すること、血液製剤使用にある規制を緩和すること、栄養サプリメント商品をもっと普及させること、医薬部外品をもっと増やすこと、等々、米国の業界が日本の医療市場における地位を強化するための道筋が明確に示されている。ここで、医療市場というのは、医療機関だけでななく、大量販店などで販売される栄養サプルメントなども含められている。

 要望書は、「高齢化社会の課題を抱えながらも高水準の医療を提供することを目指す日本に対して、米国は」、革新的な医療機器・医薬品の導入・開発に「適切なインセンティブを与えること」、そうすることを妨げている、薬事規制による承認の「遅れを解消することを提言する」と、居丈高な表現で、今後拡大することが確実である日本の医療市場に食い込んで、高額の最新式医療機器・新薬を販売したいという米国の姿勢を堂々と開陳しているのである。

 そして、医療制度改革を審議する場に米国の業界代表をこれまで通り参加させろと迫っている。

 「米国は、日本政府とその諮問機関に対して、医療制度の変更を行う前に、米国業界を含む業界からの意見を十分に考慮するように求める」。

 この居丈高さはなんとしたことか。とても、対等の同盟国に対する要望とは思われない。それはれっきとした強要である。もし、日本政府が、米国政府に対して、米国の審議会に日本の業界代表を加えて、日本側の意見を反映させろと言えば、どうなるかは言うまでもない。このような植民地と宗主国との関係のようなやりとりが小泉内閣成立以降、七年間も続けられてきたのである。

 米国にはUSTR(米国通商代表)という職責がある。大統領直轄の閣僚クラスであり、米国の要求が満たされないときには、通商法の「スーパー三〇一条」を使って、「たすきがけ」制裁の実施を議会に要求できるという恐ろしい権限をもつ閣僚である。

 『要望書』で打ち出された米国の要求内容が実現されていないと判断すれば、USTRは、毎年三月、議会に提出する『外国貿易障壁報告書』の中に、「たすきがけの制裁措置」の提案を盛り込む。ある分野における米国の要求が満たされないときには、その分野だけではなく、日本のもっとも強い分野に制裁を加えるというのが、たすきがけ制裁である。

 米国は、郵政の簡易保険の民営化が行われなければ、自動車の輸入制限に踏み切る可能性があった。日本政府は、これが恐いために、否応なく米国の要求を飲んでしまう。できることと言えば、米国の要求を実施するまでの時間稼ぎをするだけである。三角合併の実施などがそうであった。悲しい現実である。しかも、米国は制裁措置を、国際的な合意に基づくのではなく、米国の国内法で講じるのである。

 今回の要望書は、〇七年一〇月一八日、東京で開催された日米貿易フォーラムの会議の冒頭で、ウェンディ・カトラーUSTR代表補によって日本政府に渡されたものである。カトラー代表補は、日本・韓国・APECの担当である。