消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(2) 新しい金融秩序への期待(2) スーパー特区

2008-11-04 00:02:25 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)
 
 二〇〇八年の三月一八日、経済財政諮問会議の民間委員が「スーパー特区」の創設を提言した。提言といえば聞こえがいいが、これもまた、米国からの『年次改革要望書』に沿ったものである

 「構造改革特区」については、毎年の『要望書』に記載されてきた。昨年にも同じ文言が書かれていた。構造改革特区の主たる内容が医療であった

「米国は、営利を目的とした医療関連企業が構造改革特区の中であらゆる医療を提供することを可能にするなど、日本が特区制度を一層拡大するよう提言する。米国は、日本が引き続き透明な形で特区制度を運営し、特区措置を全国規模でより広く展開することを求める」

 
と強い調子で日本政府に圧力をかけていたのである。

  伊藤隆敏、丹羽宇一郎、御手洗富士夫、八代尚宏からなる諮問委員会の民間委員は、米国の要望を忠実になぞっただけのものである。

 彼らの提言は、題して、「イノベーションを支える『スーパー特区』の創設を─既存制度をブレーキスルー『革新的技術特区』─」であった。

 「スーパー特区」の正式の表現は、「革新的技術特区」である。しかし、「スーパー」の意味はいろいろな要素を含んでいる。「技術の最先端」を目指すという意味から、省庁間のの垣根を取り払うという意味、さらには、単年度会計原則を外すこととか、地域を結ぶネットワークを作り、「従来の垣根を取り払う」という意味まで、「スーパー」という表現で多用な内容を含めている。

 福田首相は、厚労省、経産省、文科省、内閣府が連携して先行プロジェクトを実施して欲しいとの指示を出した。四月二四日には、昨年発足した、産学官による「革新的創薬のための官民対話」の第四回会合がもたれ、「スーパー特区」の第一陣に、再生医療、バイオ医薬品・医療機器など最先端医療技術の開発・承認審査のスピードアップを図る「革新的医薬品・医療機器創出のための五か年計画戦略」が位置づけられた。具体的には「先端医療開発特区」の創設がそれである。

 さらに、今後、「スーパー特区」がらみで、科学技術担当大臣、日本医療機器産業連合会の代表などが、「革新的創薬のための官民対話」会議に出席することになった。厚労、経産、文科の各省も参加する。

 重要戦略として設定されたテーマに関して産学官連携の特区要望が募集され、コンペ方式でプロジェクトが決められる。そのプロジェクトに沿って新たな規制緩和が実施される。そして、予算配分が単年度から数年度のものにされ、専門の会計管理者が設置される。

 従来の行政区域単位ではなく、複数拠点をネットワークで結んだテーマ重視の特区というのも、「スーパー特区」の特徴である。

 こうした動きは、沈滞した日本経済には、経済活性化が緊急に必要であるからだという建前で説明されている。

 一例を米国の忠実な追従者の竹中平蔵の豪語に見よう。

 「とにかく改革を続けることに尽きると思います。・・・それで郵政民営化が決まり、その勢いで日本政策投資銀行、商工中金という政府系銀行の民営化も決まった。(二〇〇五年には)国民や世界は、日本はこれで変わるぞと思った。あの一年間で日本の株価は四二%上がったんですよ。改革をすれば日本の株価は上がる力を持っている。しかし改革が進まないと、昨年のように一一%下がる」(「竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方」、http://diamond.jp/series/nipponn/10002、二〇〇八年四月一四日)。

 株価の上昇と経済力とを同一視する同氏の単純さの揚げ足取りはしたくないが、郵政民営化法案を通すために、歴代大臣の中では断トツの答弁回数であったと自画自賛している氏は、郵政民営化が『年次改革要望書』の目玉として、米国が執拗に日本政府に迫ったことについては完全に黙して語らない。

 氏は、同じ記事で東大の民営化、航空の自由化をも叫んでいる。これもまた、米国の要望を忠実になぞったものである。溜息が出る。

 構造特区の重要内容として、医療と教育の自由化を日本政府に迫った米国が、「スーパー特区」の中身に手を突っ込んでこないとは考えられないことである。米国の医療機関、医療保険業界、会計事務所、法律事務所、各種コンサルタント、そして大学がワンセットになって「スーパー特区」に殺到してくることはほぼ間違いない。こうして、日本の産業は陸続と米国に売り渡されて行くのである。


 虎視眈々と医療保険を狙う外資


 〇八年の四月一五日、「後期高齢者医療保険制度」の保険料が年金から初めて天引きされた。これによって、これまで保険料を支払っていなかった二〇〇万人を超す七五歳以上の老人が新たに保険料を払わなければならなくなった。この法律は、従来の「老人保健法」を改訂して「高齢者の医療の確保に関する法律」として二〇〇六年六月に制度化されたものである。小泉内閣のときに強行採決された。二年間もありながら、政府や厚労省は国民になんらの説明を行ってこなかった。まさに、国民にとって寝耳に水の保険料強制徴収であった。四月二七日の山口二区での衆議院補選における自民党の大敗北はこうした政府の仕打ちに対する国民の怒りの表れであったのは言をまたない。

 これまでの老人医療制度は、他の健康保険の被保険者の資格をもったまま、老人医療を施すものであった。つまり、これまでの老人の被保険証は二枚あった。ところが、「後期高齢者医療制度」は、これまでの医療保険から切り離され、独立した医療保険になる。つまり、老人の被保険証は一枚になる。そして、新たな保険料徴収が始められるようになったのである。

 福田首相の指示で「長寿医療制度」と呼び名が変えられたが、それによって中身が変えられたわけではない。子供の扶養家族として健康保険に加入していた七五歳以上の老人は、そこから外されて、毎月保険料を新たに徴収される。しかも、老人人口が増えれば自動的に保険料が上がることになっている。

 しかも、今後は、保険料を滞納した老人は保険証を取り上げられてしまう。いままでは、老人に関しては老人の医療保険証は取り上げられなかった。

 どうも、政府は、後期高齢者とそれ以下の年代との間に病院に支払われる診療報酬に格差をつけようとしているようだ。政府は、後期高齢者層への診療報酬を引き下げる可能性がある。もし、そうなれば、後期高齢者は病院から追い出されるか保険料を値上げさせられるであろう。

 一九八八〇年代に入って、社会保障制度の市場化が推し進められてきた。一九九六年には「日米保険協議」で医療保険分野への外資の参入が認められた。その結果、医療保険では、米国系保険会社がもっとも大きい市場シェアを確保して、派手なテレビ・コマーシャルを流すようになったことは人々のよく知るところのものである。

 国民の多くが「公的医療保険制度」の破綻を予感している。医療保険を扱う保険会社にとって、日本の医療制度の改革は絶好のビジネス・チャンスとなっている。

 日本は、医者にかかることの多い老人だけを集めて別な保険制度にするという、世界にも類を見ない冷酷な社会についに突入した。医薬品や高額医療機器といった既得権に切り込むこともなく、年金という、とりやすい財源からの天引きが、いとも簡単に採用された。国民の健康をいかにして護るか視点を欠落させ、数字合わせのみを意図する政府の姿勢は、日本の国民皆保険制度を崩壊させ、外資依存に傾斜することになる。