森男の活動報告綴

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今の戦争について思うところを少しだけ(ウソです。メッチャ長いので注意)

2022年03月26日 | 雑記
今回は、今起こってる戦争について書きます。

このブログは私の趣味など、個人的に好きなものや興味のあることなどを書くというのが基本で、世の中の出来事とかには出来るだけ触れないようにしています。なんというか、そういうのはあまり書きたくないし、そもそも詳しくないし、読みたいという人もいないだろうと思ってるからです。

しかし、今回の件はかなりやばいなー、しゃれならんなー、と。当事者の人たちだけでなく、私やこれを読んでくれている皆さん、いや、世界中の人にも大きく関係することだなと感じています。例えばこのブログの普段のネタのように、自由に絵を描いたり模型を作ったりする生活が危なくなるかもしれないのです(大げさにいうと、ですが)。なので、1度ちゃんと書いておきたいな、と。

とはいえ、深刻な感じで書くとほんとに深刻になっちゃうので、出来るだけくだけた文章にしたいと思います。不謹慎と思う方もおられるかもですがご了承下さい。そうでもしないと、自分がおかしくなってしまう(笑)まあ、それくらいヤバイ案件、ということです。また、生々しくなるのも嫌なので、国名など固有名詞はイニシャルにします。

まず、今甚大な災厄に遭われている彼の国の人々に心より御見舞い申し上げます。そして、亡くなった多数の方々に心より御悔やみを申し上げます。一刻も早く皆さんが以前のような平和な生活を取り戻せるよう心から願っています。

さて、何で私が「かなりやばいなー」と思ったかというと、ある国が「こいつ気に入らん」と、確たる理由もなく隣の国に殴りこむ、という前例を作っちゃったからです。これはやばい。

R国はR国で言い分は多々あったと思います。

でも、絶対に「殴り込んじゃダメ」なんですね。それが現在の世界のルールでした(過去形)。で、この時点でR国の言い分は完全に認められなくなってしまった。殴りこんだらもうゼロ、っていうか超弩級のマイナスです。

今回の戦争は、というか戦争って基本的には当事国間の問題です。しかし今回は「理由なく殴り込んじゃダメ」という世界のルールを破った時点で「世界の問題」になってしまった。

ヨーロッパの各国は、開戦後なだれを打ったようにU国への支援を始めました。D国なんかは一瞬で180度態度を変えてしまった。T国とG国は仲悪いのに手を握った。ここまではわかります。だってR国に近いですからね。「次は俺たちだ」ってなるでしょう。そりゃ怖いですよ。「こいつらマジで侵攻してくるんだ」って120パー証明されたわけですから。

しかし、支援や経済制裁の広がりは近隣国だけでは終わりませんでした。中立の国までもが(特にあの永世中立のS国の対応の早さにはびっくり)U国側に回りました。その後日本をはじめ、ヨーロッパ以外の国々も続きました。国連では圧倒的多数の国がR国への非難に票を投じました。

なぜか。「俺はあんたを殴らないから、あんたも俺を殴らない。わかってるよね」という「世界のルール」を破っちゃったからですね。今回のR国の行為を世界が許してしまうと、世界のルールが変わっちゃうんです。R国がU国を占領して、他国がなんにもしなかったら「あ、そういうことしていいんだ」という国が出てくる可能性が高くなる。「やったもん勝ちOK」になるわけですからね。これはまずい。とてもまずい。

例話をすると、ある村のRどんが「隣家のUどんへの強盗放火」をやっちゃったとします。Rどんはなんと村の役員の一人です。Rどんは「そうするだけの理由があったんじゃ!」と言い張りますが、誰も信用できない内容でした。Rどんは村一番とはいわなくとも、かなりの力を持ってるちょっと怖い人でした。Rどんを処罰するのはちょっと怖い。でもだからといって、もしRどんを処罰せず、そのままにするとどうなるか。「あ、これやってもいいんだべ」と思って実際にやる人が村内に出てくるかもしれない。その人は「え、Rどん、こないだ同じことやってもお咎めなしだったじゃろ。なんでオラはダメなんじゃ?」って言いますわね。だれも反論できない。以後、村内はメチャクチャになってしまいました、、。そういうことですね。

なので、今回の件は両国の問題だけでなく、地球上の私たち全員の問題なんです。なんです、っていうか、なっちゃった、、、。言葉どおり「人ごと」ではない。プーさんからすると「そんなん知らんやん。これはウチとUとの問題なんやで。ほっといてんか」と思ってるかもですが、もちろんそうはいかないっすよ、プーさん。村内、いや世界の問題にしてもうたんやでアンタ、、。

で、このルール破りの件と同時にほんとヤバイなあ、、と思ったことがもう一つあります。

それは侵略戦争に関して「まさか、そんなことはないだろう」という推測・意見が無力化してしまったことです。

今回の侵略前「もしそんなことをすればR国も経済制裁などで大打撃を被るのは明らかなので、侵攻は絶対にない」ということをいう人は多々いました。判断って要は天秤ですから「アレをしたらコレだけ損するだろうから、やめとこう」と思うのが普通です。私も「いくらなんでもないだろう」と思ってました。でもそうじゃなかった。

「客観的な予測」と思ってたけれど結局は「主観的」だったということ、なんです。「まさか」が現実になってしまった。さっき、R国を真似する国がでてくるかも、と書きました。こうなってしまうとその杞憂を「まさか」で済ませられない。

世界を「何があってもおかしくない」という思考回路にしてしまったかもしれない。

「隣国の侵攻はあるかもしれない!」
「いや、それは被害妄想ですよ(笑)ありえません」
「でもR国は実際に侵攻したじゃないですか!!」
「、、、、」

反論できませんよね。世界中に疑心暗鬼がはびこりかねない。そういう材料を与えてしまった、、。ヤバイ。もちろん備えは必要ですし、今回のU国の例を見ても「そんなことはない」という楽観が過ぎると大変なことになることがよくわかります。しかし、「もし」と思う気持ちが強すぎると備えが過剰になる可能性が高いし、過剰になると刺激が増えてしまう。世界では領土などあれこれ隣国と問題を抱えている国は少なくありません。備えが過剰にならなければ起こらないで済んでたことが起こる、かもなのです。

逆の仮定として、他国への侵攻をこっそり意図している国がもしあるとしましょう。その国は多分固唾を呑んで今の状況を見守っているでしょうね。「ああいうことすると、どーなるのかな?」と。私がその国のトップなら、情報を集めまくって対応を考え対策を練ります。「よっしゃ、こうすれば侵攻しても多分大丈夫。やったるでぇ!」となるか「めっちゃ世界のリアクションキツイやん。割りあわんわ。やめとこか、、」となるか、、。

なので、この意味でも今回の戦争の行く末は非常に大事なものだと思います。「人類の分水嶺」というのは言いすぎ、でしょうか、、。

現時点では、状況は非常に流動的です、、っていうか、一体どうなるのか見当もつかないですね。まあ、私は当然専門家でもなんでもないので、分かるわけないのですが。

しかし何度も書きましたが、今回の戦争は私たちにもかなり関係していることは間違いないと思います。決して人ごとではない。

で、じゃあどうするのか?どうすればいいのか?なにができるのか?というとそんなにすることできることはないですね。残念ながら、、。

あるとすれば
①U国に寄付する(大使館で受け付けてます。ツイッターに口座を書いてます)
②U国の物産などを買って応援する
③日本政府のU国支援策を支持する

くらいでしょうか。逆に、④「R国の一般人を非難・攻撃しない」というのも大事ですよね。料理店に嫌がらせするとか、ひどすぎる、、。また⑤「R国の文化などを排斥しようとするのもダメ」ですよね。それはそれ、これはこれ、と思います。

ただ、デパートとかの「R物産フェア」みたいなイベントは躊躇するところは多いでしょうね、、。この辺はもう微妙なところですね、、。要は積極的な排除はアカン、ということです。

寄付については、些少ですが私もしました。金額に関係なく、ちょっとでも応援したいという人はぜひ。大使館によると、日本からの寄付は人道的支援のみに使われるということです。また折を見て寄付したいと思っています。

さて、今回の戦争では以上に書いたこととは別に、個人的に両国とはあれこれ関係があります。なので人ごとでない感覚は強いです。といってもたいしたことじゃないのですが。

私は学生時代、R国のことを学んでました。語学を中心に、歴史や文化などあれこれを教えてもらいました。ゼミでは文学を選択しました。語学が全然ダメだった(そんならそういう学校に行くなよ、、)のと、小説が好きだったので文学にしたのです。

彼の国の文学はほんと奥が深く、学び取れることも無数にあり、今でも自分の中では大きな糧となっています。歴史や文化も同様にそれなりに知ることができました。なので、今回の戦争でもR国の考えていること、なぜこうなったのかもおぼろげではありますがわかるような気がします(もちろん肯定はしてないです)。でもまあ、私は隙あらばサボる劣等生だったので、中途半端な学びだったのですが(語学もほとんど忘れてしまった、、)。

その学校を選んだのは、当然子供の頃からR国に興味があって(もちろんミリタリー方面も含む)あれこれ本とかを読んでたからなんですね。結局そっち方面への仕事には就かなかった(就けなかった)のではありますが。

また、絵も好きですね。「移動派」という十九世紀の一群の画家たち(レーピンとか)の絵は本当に素晴らしい。文学ともども、虐げられる弱い立場の人々に焦点を当てた、彼の国の芸術家たちのその温かい眼差しは本当に素晴らしいものです。

というわけで、そんなこんなでとても親近感のある国なのですね。だから、とても残念なのです、、、。

一方、U国とのかかわりは最近です。時々お知らせしてますが、私はたまに模型誌の作例をしています。彼の国にはプラモデルメーカーがたくさん(ウィキでは41社)あります。これはモデラー以外には知られていないと思うのですが、最近ICMというメーカーと日本の輸入元(ハセガワ)とのやり取りがニュースになってたので徐々に知られてきたかもですね。こうなったからニュースになったのでアレなのですが、まあいいことと思います。

で、その中にミニアート、というメーカーがあります。私はこのメーカーのキットのホビージャパン誌の作例を担当することが結構あるのです。最初に作ったのが10年くらい前で、キットはバンタムジープでした。

それまでメーカーがあることは知ってましたが、キットは作ったことなかったです。とても精密でよくできていて、フィギュアもリアル。インストのカラー図も綺麗で丁寧で、いろいろとびっくりした記憶があります。

その後、ミニアート製品の作例依頼をちょくちょく頂いて、作っているうちにファンになってしまいました。結局約10年間で確か10回くらいやってます。どのキットもとても精密で、完成したときの佇まいもよかった。何より作っていてメーカーの「愛」が感じられるのがよかった。これはM3リー。

正面のスローガンは「ソビエトの英雄」の意。英雄って、強気をくじき弱きを助けるものだと思うんですけどね、、。故国を救った英雄たちも泣いてるんじゃないですかね、、。

で、スケールモデルはすでにあるものを再現するものなので、例えば「タイガー戦車をどのメーカーが作っても、同じものになるじゃん」って思われがちなんですけど、違うんですよね。プラモって同じものでも各メーカーの「気持ち」によって「結果」が変わるという面白い商品なんですよ。で、その「気持ち」って何かというと、要するに「愛」なんです(書いてて恥ずかしいけど(笑)でもほんとです)。

ミニアートのキットは作ってると分かるんですよ。「あー、この人ら、プラモ好きなんだなあ、、」って。作例は「いいの作ってくれましたね!」という私なりの「返答」のつもりでした。とにかく、どれもいいキットだったので、私なりに全力投球して作りました。もちろん締め切りありき、なので限界はありました。んが、できる限りキットのいいところを見てもらおうと思って頑張ったつもりです。

これは米軍ブルドーザー。
軍用ですけど、勝手に日本の民間仕様(フィクション)にしてます。

こんな風に、私は好き勝手に作っちゃう方なので「私がつくったのん、どんな風に思われてるかなあ。「ウチの製品を変なモンにしやがって!」とか怒ってないかなあ」などと気にはなってましたが、外国なので確認する手段もなく今に至っています。今となっては、勇気出してメールとか送ってみたらよかった、、。

また、ミニアートだけでなく、マスターボックスやICMのキットもそれぞれ1度づつ作ってます。これはICMのパナール装甲車。
このキットも、作っててほんと楽しかったです。これも傑作だと思います。
現在、各メーカーの社員さんの安否や工場の状態など、それぞれ少しずつ情報は入ってきており、何とか無事なようで安心しましたが、詳細は不明ですし当然今後どうなるかも分からないので心配ですほんと、、。また、ローデンというメーカーの箱絵を描いている画家の方が死亡されたというニュースがありました。心より御冥福をお祈り致します、、、。

というわけで、私には両国ともこういう縁があるわけなのです。どちらも大したことじゃないのですが、それでも全く何もないというわけではないので、先に書いたこととは別に、この戦争がどうなるのか本当に心配です。

で、ちと話はずれるのですが、今回の件で「もの作りの大切さ」についてもしみじみと考えています。こういう「モノを介する思いの伝達」って大事だなあ、と。要は「共感」って「モノ」から伝わることが多いんですよ。

ミニアートのキットから私が汲み取ったように「こういういいモノを作る人たちはいい人たちに違いない。だから応援しよう」ってなるんですよ。こういうの大事なんですよね。R国の文学、絵画も同じで「こういう素晴らしい芸術を創る人を産んだ国はいい国に違いない」と。なので、今回のようなことがあっても「彼らは●●(罵声語)だ!」と非難する前に「何か原因があるはずだ。それは何だろう」と考えることができるんですね。思考停止の防波堤になる。これも大切です。

だからこそ、常に「いいもの」を作らなければならないなあ、と。「いいもの」を作る人たちって、基本応援されるんですよね。なので「いいもの」とは何か、を考え続けないとなあ、と。もちろん、それを目的に「いいもの」を作るのではなくて、あくまで結果のおまけ、なんですけどね。それでも大事な要素だと思います。

話がずれました。すいません。

というわけで今回はお終いです。例によって長くなってしまいました。最後まで読んで下さった方(いるんだろうか、、、)ありがとうございました。先に書いたように私たちでもできることは少ないながらもありますので、状況が少しでもよくなるように協力・応援していきましょう。

今回写真を上げた作例は過去にエントリーで紹介してます。よかったらご覧になってください。

バンタムジープ→
ブルドーザー→
パナール装甲車→

ミニアートに限らず地のメーカーの製品を買って彼の国を応援しましょう。モデラーとしてはそういう応援の仕方もあると思います。あ、もちろん積んどくのもいいですけど、できれば作りましょう(笑)

あ、最後にいっこだけ。今回でも痛感しましたが、ミリタリー系の趣味って、平和だからこそ楽しめるんですよね。そういう意味でも参りましたし、改めてその思いを強くしました。戦車や銃が悪いわけじゃないんです。これらはあくまで「手段」の道具であって、問題なのはそれを使う「目的」です。この辺はさらに話がずれちゃうので、また機会があれば書きたいです。

次回からはいつもの通り(?)のエントリーに戻ります。

それでは。
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