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はじめての・・・

ブログ10年目…庭、踊り、ウォーキング、ギター、ゲーム

父と子(4) 

2005-09-01 01:05:52 | エチュード
「お兄ちゃん、リコーダーを失くしたんだって」

私が帰宅すると、妻は疲れきった様子、8才の兄は神妙な顔つきで宿題をやっ
ている。こんな時はいつも、5才になる弟のおしゃべりが頼りになる。

兄は、通学路を探したがリコーダーを見つけることができなかった。友達が交
互に、小川に落としたかもしれないと言っているのを妻が聞き出して、兄を連
れてそこへ行ったが、やはり見つからなかった。

兄は家に戻るなりお宝のビックリマンシールと貯金箱を手に持って、1時間も
の間行方をくらましていた。そんなものを持ち出して一体何をするつもりだっ
たのか。そもそもなぜリコーダーを失くしたか。

小川のあたりで喧嘩をしたに違いないのだ。でもそれを認めたり、泣いて許し
をこう息子ではない。とうとう裸足のまま家から追い出されてしまった。

いつも宿題をする前に好きなリコーダーを吹いていた。今日はそれなしで宿題
をしなければならない。明日は、明後日は。妻は私に助けを求めていた。

・・・ギターが欲しかった。三年間貯めたお金をもって店へ向かった。少し足
りなかった。家では妹が一人で、私の帰りを待っていた・・・

息子が宿題を終えたので、私は懐中電灯を持って外に出た。息子は川べりの茂
みをつつくために、長いささ竹を持ち出して、歩きながらさっそくもう楽しげ
に振りまわしている。数時間もの間、母に叱られながらリコーダーを探してい
たようにはとても思えない。

・・・妹が貯金箱を割って、お金を付け足してくれた。私は店にとってかえし
てギターを買った。雨が降り出して自転車が滑った。ギターのネック近くにつ
いた傷を見るたびに、その時のギターの弦の鈍い音を思い出す・・・

それは小川の茂みの中で、象牙細工のように光っていた。空いている方の手で
掴むとひんやりと濡れていた。息子が叫んだ。

「お父さん、僕のリコーダー見つかったの?見つけたんだね?父さん、本当に
よく見つけたね」

何も言えなかった。突然懐かしい調べが蘇り、こころを満たした。これは私の
思い出、やっとまた手にいれることができた、もう失くすことはしまい。

・・・「僕のだ。僕のギターだ」私は叫んだ。ずる賢く、自分勝手な少年だっ
た。妹はもう何も言わず、両親は誤解した・・・

「はい、お前のリコーダーだよ。本当に見つかってよかったね」
思わず息子の肩をゆすると、頬が濡れて光った。やがて何事もなかったように
我が家の夕飯が始まった。時刻は9時近くになっていた。

父と子(3)

2005-08-29 05:52:16 | エチュード
「やっぱり蛙の子は蛙か」
母の言葉で、自分の話が伝わった事がわかった。私が家族の自慢になるような
息子ではないこと、世間知らずの落ちこぼれであることを、いつか伝えなけれ
ばならないと思っていた。

実家を出て、車に乗り込もうとすると、
「○○ちゃんな、あんたの友達の」
何十年も会っていない、けれども忘れる事のない幼友達の名が突然母の口から
出た。

「お母さんに似て気だての優しい子だったでしょ。お大尽の娘さんに好かれて
しまって、結婚するんだって。今じゃ、あんたの友達の中で、一番の大金持ち
になるんだねえ」

とっさに返事のしようもなく母をみると、苦笑いのような複雑な顔をしていた。
不甲斐ない息子を前に思わず言わずにはいられなかったのだろう・・・

「カレノコトハわしノホウデ按配ヨクシテヤッタ。ダカラモウ自分ヲ責メナク
テモヨイ」

車に乗ってしばらくすると、突然頭の中に、男の太い声がきこえてきた。友の
ことは按配よくしてやったから、もう自分を責めなくてもよいと、頭の中で繰
り返し、繰り返し男の声がする。

自分の息子が当時の私たちと同じ年頃になって、あどけないその姿を見て、初
めて心底友に対してむごい事をしていた事に気付いた。でもどのように友に詫
びればよいか。幼い息子につらく当たる事で応えるしかなかった。息子は私の
身代わりだった。

 でももうそんな必要がないのですね。
 友は癒されたのですね。
 私の罪をあなたが代わって受け入れてくれるのですね。

新緑の並木道を、笑いながら車を飛ばしていた。妻がいたら気が狂ったかと思
っただろう。

父と子(2)

2005-08-28 09:22:01 | エチュード
「このごろ風呂が長いのよ、心配だから様子を見てきて」

帰宅するなり妻に言われて風呂を覗くと、息子は洗い場でしゃがんだままぼろ
ぼろ涙を流している。子供が声も出さずにそんなふうに泣くもんじゃない。異
様な光景だった。

「どうしたらお父さんが喜んでくれるのか解らない」

驚いて泣く理由をきくと、そう答えた。

「おかあさん」より「おとうさん」の言葉を先に覚えた。「おとうたん、おか
あたん」を繰り返し繰り返しつぶやきながら眠っていく子供だった。そのまま
育ってくれればよかった。私が息子を狂わせてしまったのか。

父と子(1)

2005-08-28 07:12:39 | エチュード
「絵がおかしいんだって。家庭訪問の時にまた言われたんだけど」

小学校に入学した息子の担任の先生の言葉に、妻は不安げである。二人とも子
供のしつけには厳しい。公共の場でわがままし放題の子供たちを目にするにつ
け、うちはあんな風にには絶対育てないからと話し合っていた。ただ妻に言わ
せれば私の叱り方は、外での不満をぶつけているだけで、愛情が伴っていない
との事である。実は妻には話していない事情があったのだが。

息子が幼稚園にいく年頃になると、友とのあの事件が頭から離れなくなった。
ささいな過ちが取り返しのつかない事になってしまう、息子にそんな目にあわ
せる訳にはいかない。間違いのない、強い子に育てなければ。気付いたら必要
以上に息子に手をあげるようになっていた。

泣いて帰ってくると、泣き止むまで頬を打った。しゃくりあげるのをこらえな
がら
「もう泣いていない」
と答えるのを、
「まだ涙が流れている」
といってさらに頬をうつ。息子の涙をみるだけで、友との事を思い出して歯止
めが利かなくなってしまう。

下校途中の田舎道で、体の大きい子が馬乗りになって息子をぽかすか殴ってい
るのを、偶然見かけたことがある。涙を見せずに帰って来るのだろう。ズボン
が汚れていても、鞄に砂が入っていても、何の説明もないのだろう。それでい
いと思った。いじめにも負けない強い子に育ってほしかった。

友 (4)

2005-08-13 18:27:21 | エチュード
授業で、有島武郎の「一房の葡萄」を習ったのはいつの事だろう。少年が出来
心で友達の絵の具を盗むが、先生のとりなしで事なきを得、その上葡萄まで貰
うことになる話に惹きこまれた。その先生はすらりとした友の母を思い浮かば
せる。想像の中で白い腕が私に差し出す果物は、いつの間にかバナナに変わっ
ていたが。

いきさつはどうであれ、チョコレートを思う存分食べさせてくれた事と、お祝
いごともない日に丸々バナナにありつけた事に対して、私の友に対する感謝の
気持ちは一貫していた。よい友だちだと思っていた。

友の苦しみや、友の母の悲しみを当時どれほど理解していたか、その記憶が私
を犯すのはずーっと後のことである。

友 (3) 

2005-08-13 09:53:29 | エチュード
翌朝、保育園へいくのに親しげに寄ってくる友に向かってさっそく
「昨日の事、覚えている」
とささやくと、友はぎゃっと言うような顔をして、列の先頭まで逃げ去った。
驚いて後を追いかけ
「誰にも言わんから、な、な」
真っ青になっている友にあわてていった。

言葉一つで、人を跳び上がらせるほどの威力があるのを知った。
「あの日の事、覚えている」
次の日も友に会うなりそう呟くと、はじかれたように逃げていく。その次の日
も。また次の日も。

友は私をいつも避けるようになった。つまらなかった。それで言うのを止めた。
でも元のようににこにこと話している友を見ていると、あの言葉はもう力がな
くなったのかと不安になる。それで
「あのこと」
と呟くと、友はやはりびっくりして逃げ去った。そんな事を何度も繰り返した。

二人とも小学生になった。環境もかわり、新しい友達もでき、毎日が過ぎてい
った。今度こそ何も起こらなだろう。ある日、友と話している途中、ふっとそ
の言葉を出すと、友はぎゃっといって走り去り、少しも威力は衰えていなかっ
た。私はなんだか安心すると同時に、その遊びに突然飽きた。楽しいことは他
にもいっぱいあったから。

でも友はどうだったのか、中学に入る年にそれが元で発病した。

友 (2)

2005-08-11 03:06:20 | エチュード
「○○ちゃんがな、いっぱいチョコレートをくれたんや」
居間に銀紙が散らかっているのを、帰宅した母に咎められて答えると、母は少
しあわてたように小箪笥の上にいつも置いてある、お椀の中を覗いて嫌そうな
顔をした。

父は小銭の集まる商売をしていた。毎夜硬貨とお札をより分け、硬貨は切りの
良い枚数分を手のひらの上で揃え、新聞紙に包むのは、子供も手伝える作業だ
った。はした金はそのお椀にほうり込んでいた。それは私たちの小遣いになっ
たり、ちょっとした買い物に使われていた。

問いかけるのを無視して、母はすいと外に出た。友は近所の駄菓子屋にその日
だけで3、4回行っており、駄菓子屋のおばさんも、不思議に思っていたとの
事だった。
「この事は誰にも言わないように。わかった?」
なおも問いたげな私にぴしゃりと母は言った。

その日、友から合わせて3箱のチョコレートを貰い喰いしている。3才の妹ま
で1箱もらっている。友は
「おいしいやろ、よかったな、よかったな」
としきりに言いながら、自分ではほとんど食べていない。おかしな話である。
確かめずにはいられない。

友 (1)

2005-08-10 01:05:39 | エチュード
縁側で言い争うような声がしたかと思うと、母に呼びつけられる。
「○○ちゃんのお母さんが、お金を返すと言っているんだけど、覚えている?」
ぽかんと母の顔を見る。母が忘れたふりをしているのではない事が判って惑う。
縁側には、硬貨1枚と、一盛りのバナナが置いてある。父の給料日にしか口に
することのできない、その高価な果物に眼は釘付けになり、はっきり首をふる
ことができた。バナナなんか盗んでいないから、嘘をついた事にならない。

「息子も知らないといっておりますし・・・」
母に全部を言わせなかった。
「わたしの息子に死ねという事ですか。それほどの罪なんですか」
友の母は色の白い頬をあかくして、私を睨みつけて叫ぶようにいうと、そのま
ま立ち去った。私のちょっとした気配で、二人とも分かったのであろう、母は
もう追いかけはしなかった。利息というんだろうか、すごい利息、私は縁側に
置かれたバナナだけを気にしていた。

泥の河

2005-07-23 07:13:20 | エチュード
・・・俺を軽蔑しているだろう。
堤防にあがる途中、後も振りかず父が突然言った。あの事をまだ気にしている
のだろうか。本当に何でもない事なのに。

中学に入るお祝いに椅子付きの机を買ってもらうという事で、母につれられて、
近くにできた店へ行った。でもとても手の出せる値段でない事は、子供にもわ
かった。

しかたないから座り机になった。帰り道、なんだか可笑しくなって二人で笑っ
た。母も本当にそんなに高い物だったとは知らなかったようだ。

りんごの空き箱を机代わりにしていた妹は、私の古い座り机がまわってきて
喜んだ。父には面白くなかったのだろう、本当に何でもない事なのに。

母の働く工場では、毎月のように誰かが怪我をしていた。
・・・○○さんなんか二回も指を落としたのよ。
夕餉を囲みながらの話に興奮した。中学になったら、自分も働きたいと思っ
ていた。母が怪我をするまでは。

学校を休んで母に付いていくように父にいわれた。知らない町の知らない建物
だった。
・・・これっぽっちの。
札束を数える母の顔が醜くみえた。私には夢のような大金だった。指全部あげ
てもいいと思った。

妹が一人綾取りをしているのを見て、母が突然泣き出した。私にも妹にもどう
する事もできなかった。半年ほどもたっていただろう、怪我の事で母が涙を見
せたのはその時一度きりである。

その頃から、父に対して何かの気持ちを抱いていた。その気持が何だったのか、
言葉を与えられてやっと解った。ああ、私は父を軽蔑していたのだ。父が気付
くずーっとずーっと前から、私は父を軽蔑していたのだ。

梅雨の川は増量し、川原に作られた僅かばかりの畑を全て押し流そうとしてい
た。

川原 (3)

2005-07-19 00:03:12 | エチュード
座りかけて隣の人嫌な感じと思った。でも立ち直すほどの事もしたくなかった。
携帯もそこそこにして外を眺めた。もやっていた。電車は川を渡っていた。川
は二股に分かれていて、もやの中でなんだか合流しているようにも、分岐して
いくようにも見えた。

なんだ一緒じゃないかと思った。別れることはイコール出会うこと、イコール
というのはおかしいか。母もそんな風にこの川を眺めた事があったんだろうか・・・

やばいと思った時は遅すぎた。ぐにゅりとしたものが鼻からたれて、唇を通り
越してあごにぶらさがった。耳まで真っ赤になったと思う。隣の男がすいと新
聞を広げて顔を隠してくれた。競馬新聞、父が手にしているのを見た事のない
新聞だ。軽く会釈をしてあわててハンカチを取り出し、鼻から下を覆った。

ポタッ、ポタッと新聞にしみができた。あれっと思った。当てたハンカチのも
っと上から落ちてきた。おかしいよ。男はびっくりして娘の顔を見た。泣いて
いた。

 梅雨ですか。
 じきに明けますよ。

娘は負け惜しみを言った。男は笑った。笑うと思ったより年が若くて、案外父
と同じくらいかなと思った。それは見方を変えれば、父もあんな風に老けて見
える事もあるだろうという事だ。みんな年をとっていく。母を除いて。

お母さん、弟は中学に入りましたよ。もう心配しなくていいですよ。約束は果
たしましたからね。