徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

難民危機:EUとトルコの現状

2016年01月15日 | 社会

EUの実行力のなさには呆れるばかりです。

昨年9月22日に合意したはずの16万人の難民の再配分ですが、2か月以内に実施されるはずでした(その他の合意内容については拙ブログ「難民危機 ヨーロッパ、とくにドイツの対策」を参考にしてください。)。これまでに再配分が叶ったのはたったの数百人です。これを例に挙げて欧州委員会委員長ジャン・クロード・ユンカーは「欧州委員会はすべきことを十分にしているが、いくつかのEU加盟国が一度合意したことをきちんと守らない」とEU各国を非難しました。「ヨルダンやレバノンのような小さく貧しい国と同じようにヨーロッパが難民を受け入れるとしたら、ヨーロッパでは1億人の難民を受け入れることになる」と指摘し、EU各国に自国の問題を過大評価しないように呼びかけました。

昨年11月末にはEUとトルコの間で難民対策のための行動計画が合意されました。このブログでは詳しく紹介しなかったので、ここに要点だけを挙げます。

EU側の約束:

  • トルコの難民対策費、特にトルコ国内のシリア難民の状況改善のための資金提供30億ユーロ
  • トルコ人に対するビザ取得の簡易化
  • EU加盟交渉の再開

トルコ側の約束:

  • トルコ・ギリシャ国境の警備強化
  • 密航業者の取り締まり強化
  • 2016年夏以降ヨーロッパから不法難民の引き取り
  • シリア難民に対する就業認可を含む状況改善

11月末の時点で、30億ユーロのEU各国の負担割合は全く決まっていませんでした。当初はドイツが5億ユーロ以上、イギリスが4.1億ユーロ負担する計画がありましたが、未だに合意に至っておらず、今月初めにトルコに30億支払う筈だったのが、未だに実行されていません。1月15日の欧州委員会開催前に議論がされたそうですが、欧州委員会の財政予算から支出するのか、加盟国各国が経済的能力に合わせた負担金を払うのかすら合意していないそうです。ショイブレ・ドイツ財相は難民危機を克服ためには30億ユーロよりももっと多くの資金をEU隣接国に投入する必要があるといいました。また難民のEU内の再配分が一向に進まないことに対して、「(難民問題は)ドイツの問題だと考えている人が多いようだが、もしドイツがみんなの期待通りのことをしたとしたらそれがドイツの問題ではなくヨーロッパの問題だということが分かるだろう。我々はヨーロッパを防衛しているのだ。」と発言し、様々な憶測を呼んでいます。「みんなの期待通りのこと」がドイツ国境の封鎖のことを指しているのならば、確かにヨーロッパ経済にとってかなりの打撃となることが予想されます。

各国で再導入されている国境検問については、ユンカー欧州委員会委員長も「シェンゲン協定なきユーロは無意味」「シェンゲン協定衰退は、ヨーロッパ内市場の衰退であり、失業率の上昇を意味する」と強く批判しています。

トルコの方はどうでしょうか。確かにヨーロッパに流入する難民の数は減っています。難民の就業許可に関しても今日トルコ政府は正式に発表しました。就業許可の条件はトルコで一時的な庇護を認められていることと、登録されてから少なくとも6か月が経過していることです。トルコのこれまでの難民に対する就業禁止令は難民のヨーロッパ流入の原因の一つとして挙げられています。これを見ると、トルコはEUとの約束を守っているような印象を受けますが、その裏で人権無視の国際法に違反する実力行使がEUからの資金で行われているようです。ドイツ公営テレビWDR(ARD系西ドイツ放送)で1月14日に放映された報道番組Monitorによると、多くのシリア難民がトルコ国境警備隊によってシリアに追い返され、その後密航業者の助けを借りて再入国が成功したと証言しています。またアムネスティ・インターナショナルは昨年12月に人権無視のシリアやイラクへの送還がReception and Removal Centreからシリアやイラクへの人権無視の送還が130件あったと報告しました。トルコ東部のエルズルムと言うところにあるReception and Removal CentreはEUからの資金援助によって建設されたものだそうです。理由もなく逮捕・拘留された上にシリアへ送還されてしまった例が何件もトルコ在住のシリア難民から報告されています。Monitorでは息子だけが逮捕され、シリアに送り返されてしまった家族が紹介されていました。理由もなく拘留中のシリア難民もかなりいるようですが、正確な人数は不明です。
ドイツ連邦政府は12月末の時点で「トルコ政府は協定に基づきシリア難民をシリアに送還することはないと了解している」という回答をしていましたが、今回のMonitorの問い合わせにも外務省はその姿勢を崩しませんでした。欧州委員会はMonitorの報道を機に独自の調査を開始するとのことです。トルコ政府は違法なシリアへの難民送還を今のところ否定していますが。

参照記事:
ターゲスシャウ、2016.01.15日付の記事「ユンカーはEU加盟各国を批判」 
ターゲスシャウ、2016.01.15日付の記事「EU財相はトルコ支援金のために必死で議論」 
シュピーゲル、「EUの要求:難民はトルコで就業可能」