徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ:「帝国市民(極右)」とは?~警察官銃殺事件

2016年10月20日 | 社会

これまで極右運動の一つである「帝国市民(Reichsbürger)」がニュースなどで大きく取り上げられることがなかったので、知らなかったのですが、こういう奇妙な動きがドイツにはあるようです。

ニュースで「帝国市民」が採り沙汰されたのは、先日10月19日に、ニュルンベルク近郊のゲオルゲンスグミュント(Georgensgmünd)で、「帝国市民」を自称する男性ヴォルフガング・P(49)が、家宅捜査に入ろうとした地方警察特別出動コマンド(Spezialeinsatzkommando=SEK)に銃撃を開始し、警官4人が負傷、うち一人が重体という事件が発生したためでした。この重体となった警官は、今日10月20日にお亡くなりになったそうです。

家宅捜査の理由は、この男が所持していた31丁の銃器を没収するためでした。これらの武器は、彼が武器所有証で合法的に入手したものでしたが、彼の適性を疑った当局が許可を取り消したので、没収措置が取られることになりました。

「帝国市民」である彼はドイツ連邦共和国を認知せず、今年の1月には彼の身分証明書及びドイツ国籍を放棄しようとしたようです。住民票は抜き、自動車税も払わず、彼の土地に「独自の国家」を創設した、とYouTubeのビデオで宣言しています。庭には15世紀のフリートリヒ3世の紋章に似た国家紋章の旗がなびいているそうで、割と凝っています。彼はゲオルゲンスグミュント市当局に、そのおかしな価値観と行動で知られてはいましたが、「危険人物」とは見なされていなかったとのことです。彼はペギーダ(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者、ドイツ語: Patriotische Europäer gegen die Islamisierung des Abendlandes)ニュルンベルク支部の演説者兼主催者として知られている人物ともフェースブック上でつながりがあり、そういうシーンでビデオ投稿などしていたようです。


さて、「帝国市民」運動そのものについてですが、1980年代に登場した、あまり統一性のない運動で、共通する主張は、民主主義の否定、ドイツ帝国(第三帝国)の存続、ホロコーストの否定です。1933年のドイツ帝国憲法は正式に廃止されていないとし、ドイツ基本法は無効であり、その観点から現ドイツ連邦共和国は彼らにとって違法な存在である、ということらしいです。ドイツ帝国は合法的に存続しており、現在のところ国家権力を有しない暫定政府がある、とのことです。

 今回のゲオルゲンスグミュントの事件を受けて、トーマス・ドメジエール内相は「帝国市民」の評価をきちんと再考する必要があると発言しました。具体的には憲法擁護庁による監視を強化する方向のようです。左翼政党は、数年来帝国市民運動の危険性が過小評価されてきたと指摘しています。ただ、あまり組織立っていないので、組織としての危険性は論じるのが難しく、「たまたま過激化した個人」による危険性とするのが妥当かどうか判断に迷うところでもあります。

8月にもザクセン・アンハルト州で自称「帝国市民」が発砲し、警察官二人が負傷した事件がありました。しかし、この犯人とゲオルゲンスグミュントのPとは直接なつながりはありません。

数年前から、「帝国政府」あるいは「帝国市民」を名乗る者から各地の役所に抗議の手紙が頻繁に届くようになり、いくつかの州憲法擁護庁でこのような市民の取り扱い指示書が作成されました。その指示書の基本姿勢は「無視」。ドイツ連邦共和国の合法性を否定し、それを理由に役所に(例えば税金関連で)抗議の申し立てをする市民に対しては、議論に応じず、即座に抗議を却下すべし、というスタンスのようです。いかにもお役所的対応ですね。

因みに憲法擁護庁の推定では、「帝国市民」は1,000人もいないようです。

州議会選挙で次々勝利を収めて驀進中の右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は公式には「帝国市民」から距離を置いていますが、地方自治体のAfD議員の何人かは明らかに帝国市民運動シーンとのつながりを持っていた、または、いることが判明しています。AfDはこれらの議員たちを離党させて、又は離党するよう動いています。しかしながら、AfD自体、結党間もなく急成長した有象無象の右翼連合と言えるので、各州で12-21%の得票率で州議会入りしたとはいえ、今後政党として「市民権」を得ていくためには、かなり大規模な内部浄化が必要なのではないでしょうか。その後にどれだけ議員が残るのか見ものですね。

参照記事:

ZDFホイテ、2019.10.19、「「帝国市民」銃撃 警官一人重体」 
ZDFホイテ、2019.10.20、「「帝国市民」P:波乱の道のり」 
シュピーゲルオンライン、2016.10.20、「いわゆる帝国市民:過小評価されてきた危険」 

 

2016年10月21日のアップデート

ザクセン・アンハルト州では警官4人に対して、「帝国市民」運動に参加している疑いで懲戒手続きが進行中。3人に対しては既に停職処分が決定。
バイエルン州でも「帝国市民」運動シンパの疑いのある警官4人が見つかり、1人は年初に、一人は木曜日(10月20日)に停職処分となりました。ほかの二人に対してはまだ手続きが終了していないとのこと。

本来、国・国家機関に忠誠を誓わなければならない公務員が、国家としてのドイツ連邦共和国を否定する「帝国市民」運動に関与していた当時実は、かなり波紋を広げてきます。

参照記事:南ドイツ新聞、2016.10.21、「懲戒手続き:「帝国市民」はザクセン・アンハルト州警察にも