徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:天藤真著、『遠きに目ありて』(東京創元社・天藤真推理小説全集1)

2021年01月16日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


文藝春秋の2012年版〈東西ミステリーベスト100〉第7位の、『大誘拐』 を読んで面白かったので、天藤真推理小説全集を大人買いしてあったのですが、なんやかやと1年半近く放置してしまいました。

天藤真推理小説全集第1巻の『遠きに目ありて』は「安楽椅子探偵小説」の類型に連なるものですが、探偵役が脳性麻痺の少年であるところが異色でしょうか。この岩井信一少年は成城署の真名部警部から事件の詳細を聞いて真相を推理し、事件を解決または少なくとも解明していきます。
「少なくとも解明」というのは、真犯人が分かっても法的にそれを追求せずに終わっている事件がいくつかあるからです。誰のためにもならない法的追求はしないというスタンスですね。その判断を下しているのはもちろん真名部警部ですが。
非常に頭脳明晰で懸命に生きている信一少年。その少年を優しく見守り、できる限りその才能を生かしてあげようとする周りの大人たち。そうした心温まる設定の中、軽快でユーモラスなタッチで事件が語られ、謎解きされていくのが魅力的で読みやすいです。

目次
  • 多すぎる証人
  • 宙を飛ぶ死
  • 出口のない街
  • 見えない白い手
  • 完全な不在
この短編集で特に目を引く点は、探偵役が車椅子に乗った少年であることから、道路や街や建物がバリアフリーでない、障害者にとって身動きがとりにくい造りになっていることがそれとなく指摘されているところです。今ではずいぶん改善されてきましたが、40年前はそういう視点すらないに等しかったかと思います。そんな時代の中、真名部警部やその部下たちはできる限りの配慮をしますし、配慮が足りなかったと感じたら真剣に悩む、という真摯な姿勢にとても好感が持てます。わざとらしい同情でないところがいいですね。


『遠きに目ありて』をAmazonで購入する(税込792円)

『遠きに目ありて』をhontoで購入する(税込550円)