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懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

蒸気機関車 地震のあった室蘭本線

2018年09月06日 | 蒸気機関車
台風が猛威を奮ったら次は北海道で強い地震である。
平成になっていくら大きな地震があったことか平成はけっして平静でなかった。

この室蘭本線沿線の安平が震源地である。
安平は高い山はなく小高い丘が続く線路も直線的に走る。
被害の大きい厚真町はグーグルで見ると低山が連なっている。
崩落しやすい火山灰が積み重なった地層だ。岩がまったくない。
長雨が続きより崩落しやすかったのか
熊本地震も阿蘇山の周辺は火山灰で大きく崩落した。鹿児島などもシラスとす呼ばれる火山灰である。
関東も赤城山や榛名山の火山灰で覆われた土地が多い。

厚真町の火山灰はどこの火山であろうか支笏カルデラの火山灰と言われている。

長い人生の間にどこでどんな災害に遭うかわからない。

蒸気機関車 倉敷駅発車

2018年08月21日 | 蒸気機関車
伯備線を走り岡山に向かう列車 D51型蒸気機関車のけん引

倉敷駅は現在は橋上駅になって改装されている。
駅の表と裏が橋で繋がり行き来がしやすくなった。

撮影するときは改装されるのは意識もせず撮影している。
駅のホームで列車を待つ人やホームに入る列車をすべて撮って置くと面白かったすか

ホームで列車待ちをする人も現在ならばスマホを見ているであろう。
学生服もセーラー服は見かけなくなった。女性もスカートを履く人がすくなくなった。
生活習慣や服装も時代とともに変化しているのが一枚の写真から読み取れる。

民俗学の図説の本をみると私の子供の頃の写真に写っている物の解説してある。
木の半鐘や木の橋、地蔵などExcelに写真を貼り矢印と解説文を入れ自分で作ってみても面白い。


蒸気機関車  肥薩線のC57

2018年08月10日 | 蒸気機関車
撮影場所 鹿児島県 肥薩線吉松

肥薩線も人吉と吉松間はC57型は走行していなかった。
C57型は動輪が1.75メートルあり峠越えの厳しい路線には向いていない。
日本鉄道三大景観の大畑(おこば)ループを越えなくてはならない。
スリップに強い動輪径の小さく動輪四個のD51が客車も貨物も引いていた。

C57の客車が走ってきた。
過ぎ去った過去は二度と戻れない。
時代の風景をよく見て記憶に留めカメラに留めないといけない。
今思うとボケーと惰性的に人生を生きて来たように思う。

鹿児島から宮崎に掛けての霧島周辺は鄙びた温泉も多い。
観光パンフレットに載っていない温泉巡りもしてみたかった。
残念ながら温泉に入れない。

蒸気機関車 民家もある風景

2018年07月30日 | 蒸気機関車
撮影場所 岡山県 伯備線井倉付近

蒸気機関車の写真を見ながらバックの民家を見るのが面白い。
漆喰の倉が見える。瓦は石州瓦のようだ。石の階段があるが上に祠でもあるのか
その当時は蒸気機関車しか興味がなくその時代の建物や構造物、風景を残そうとは思わなかった。鉄道だけでなく集落の風景も入る撮り方が必要だった。
写真を撮る時はその時代を意識して将来消えてなくなるであろう風景を積極的に織り込む必要があった。どんな風景が消えてなくなるか想定するのが時代を生きる事であり未来を予測する事でもあったのか。

40年、50年経過すると暮らしも世の中も大きく違ってきた。
豊な暮らしになり皆が車を持ち近代的な民家に住めるようになった。
これから先は分からないじり貧になりそうな気がする。
じり貧になっても車を手放しパソコンやオール電化を止める生活には戻らないだろう。

蒸気機関車 

2018年07月07日 | 蒸気機関車
撮影場所  兵庫県 播但線

播但線下り列車 C57型蒸気機関車が貨物列車を牽引している。
今は見かけなくなった車掌車や無蓋車が写ってきいる。
走行列車の写真はそんなに残っていない。
一日に列車が3便かも5便撮影してもフィルム20枚くらいのものだ。
静止している物ならばいろんな角度から撮影できる。

若い頃にテーマを決めて撮影するのもやっている事に自信が持てない。
ツマラナイ事をやっていると諦めてしまう。最初から将来役に立つとは思えない。

同好の仲間を見つける。先輩の人からアドバイスをもらう。その道の先生から教えを願うや書物で先人を見つける事が必要だ。
自分だけでやろうとしても挫折する事が多い。仲間を見る付ける事が継続の事がコツか。

若い頃からやていた事は年寄りになるとやっていて良かったと思う。
1.時代は過去に戻れない。
2.時代の物を撮影しておけば時代の変遷がわかる。
3.撮影された映像は本人の思考として残る。

蒸気機関車 茅葺きとSL

2018年06月27日 | 蒸気機関車
撮影場所 伯備線布原信号所

伯備線の下り列車がトンネルからでたところ。
茅葺き民家が写っている。意識して撮ったより偶然入ったようなものだ。
本来は意識して撮らないといけないがそこまで知識や発想がないと仕方ない。

昔の写真は偶然に時代のものが写真に入っている事がある。
鉄道なり町並みなりテーマを決めてそれを余計な事を考えず長年にわたり撮り続けるしかないのだ。
凡人には小難しい事は考えずテーマを決めてひたすら継続するそんなやり方が分かり易い。

本来ならば技術革新や時代の変遷で淘汰されるもの変わりゆく物を書き出し毎年フォローしていく事が必要であった。
これは撮影のテーマだけではかなく株式投資や日常生活やスキルアップにも必要であった。
それが人生というものだろうか。

金を掛けないのあれば新聞記事で時代の変化を感じる記事をスクラップするとか毎週週刊誌を買い気になるところをスクラップする事が必要だった。

蒸気機関車  勇払平原

2018年06月18日 | 蒸気機関車
勇払平原は苫小牧の郊外で低湿地で湖もある。渡り鳥の中継地でラムサール条約の渡り鳥り保護地域だ。
春には水芭蕉も見られる。
小高い丘もあり山菜もありそう。タラの芽だけは歩くのにトゲが邪魔で記憶に残っている。
小高いところから見たらアフリカのサバンナのようにも見える。
D51のナメクジが荷物を引き走る。
ここは室蘭線と千歳線の列車が撮れるのでここで撮影が多かった。
もっと行った事のない場所に行くべきだった。

蒸気機関車 姫路C57型

2018年06月09日 | 蒸気機関車
撮影場所 兵庫県 姫路操車場のヤード

機関車の行き交う中、ヤードに立ち入り機関車の撮影。
現在は線路に入るは固く禁じられている。

播但線を走る貨物列車の入れ替え作業をやっている。
線路を変更するので線路を通過する列車がない事が条件である。
ポイントを間違うと脱線や走行車線の列車の衝突もある。
ポイントの切替ミスは絶対犯してはならないミスだ。

そんな神経を使う操作に鉄道ファンはウロチョロと迷惑な事だ。
鉄道フォンの行動が迷惑になっているのは事実だ。
自分も迷惑な事をやってきたと思っている。

今撮影している茅葺き民家の撮影も随分迷惑を掛けていると思う。
人生を生きるのは恥の上塗りだ。妻や年下の者にキズ付ける言葉を発したと思う。
恥の上塗りはなるべく忘れる事にしている。
いちいち反省ばかりでは夜も寝られない。
子供の頃から社会人、老後と恥の上塗りは山ほどある。そのまま持っていたら年寄りの身には担げきれない。恥をかいても恥と思わない厚かましさで生きるしかない。


蒸気機関車 C56型肥薩線

2018年05月27日 | 蒸気機関車
撮影場所 鹿児島県 肥薩線

C56型は山野線の貨物輸送に使われていた。
肥薩線の栗野から分岐して山野線や宮之城線が鹿児島本線の川内や水俣につながっていたがすべて廃線になった。
時間があれば一度はいくべきだった。時間など元々ないのだから無理していくべきだった。

C56型は妻線や木次線、小海線、飯山線、七尾線のローカル線で活躍した。

ポニーの愛称で呼ばれファンも多かった。

蒸気機関車  宮崎駅入れ替え作業

2018年05月22日 | 蒸気機関車
撮影場所 宮崎県 日豊線宮崎駅

C11型蒸気機関車は入れ替え作業中、C57型蒸気機関車はホームに入っていた。
C11型は日南線を走っていた。C57は日豊線の客車や貨物のけん引

こんな光景は毎日繰り返し同じ時間に行われていたのであろう。
ホームにいる人はどんな服装をしてどんな人が待っていたのであろう。
こんな日常の何気ない風景が何十年も経過したら懐かしく見て見たい気がする。
自分の人生も決まった時間に出勤して仕事をしてきたのである。
44年間働いてもう二万五千日を超えて生きている。
写真に残る一日も二万五千日の一日だ。

誰かが言っていた年寄りは時間持ち金持ち思い出持ちと言っていた。
皆が金持ちかどうか知らないが
しかし現実は病気持ち癇癪持ち苦労持ちか 
思いで持ちは若い多感な頃のものがよい。しかし若い頃は何も打ち込むものがなく時間を無駄に過ごしたものだ。誰しも死ぬ前になりそれを悔むのである。