細野豪志ブログ

衆議院議員 細野豪志の活動報告です

2号機100℃下回る 原発で働くヒーローたち

2011-09-29 00:10:00 | 国会活動

昨日、ついに、二号機の原子炉の温度が100度を切りました。すでに、一号機、三号機は100度を下回っています。あと、一山二山はあると思いますが、年内の冷温停止状態は視野に入って来たと思います。この日を何度も夢に見てきました。ここまで、来られたのは、原発で働くヒーローたちのがんばりの成果です。こうした事態を引き起こした以上、我々は、批判されてしかるべきですが、彼らの頑張りについては、是非とも皆さんに彼らを知ってもらいたいと思います。

予算委員会も四日目。厳しい質問が続きますが、奮闘しているヒーローたちの姿を頭に浮かべて、明朝からがんばります!


IAEA総会 決意を新たに

2011-09-21 12:30:00 | 外交

昨晩、帰国しました。国会が延長されなければ、今日の予定でしたので、台風で東京に下りるのは難しかったかも知れません。

帰国早々、台風15号の影響が気になります。何といっても、地元と福島。関西で育っただけに、紀伊半島も心配です。災害対応は政治の仕事ですので、政府としての備えはしていますが、大きな災害がこれだけ続いていますので、何とか早く日本列島から立ち去ってくれないかと、祈るような気持ちです。

ウィーンでは、一泊三日の慌しい日程でしたが、マルチ、バイと充実した会談を行うことができました。国際原子力機関の総会だけに、世界の目は日本に集まっていました。オンサイトでは燃料取り出しなどの中期的措置、オフサイトでは除染など、IAEAも各国も我々に力を貸してくれます。

ただ、実際にやるのは、わが国自身です。日本の底力が問われるのはこれからです。


IAEA総会へ

2011-09-15 21:03:22 | 外交

国会では代表質問が続いています。数日ぶりに、議員会館に戻ってカレンダーを見ると、今日は、菅総理と東京電力に乗り込んでから半年。明日は、政権交代から二年です。随分、月日が経ったものです。特に、この半年は、本当に長かった。

半年経って、除染に格闘しながら事故の影響の大きさを痛感する一方で、当初、手がつけられなかった東電福島第一原発自体は、よく、ここまで落ち着いてきたものだとの感慨も持ちます。みんなで力を合わせて、第2ステップの目標である冷温停止状態までたどり着けねばなりません。平行して、除染と放射性廃棄物、原子力安全庁の立ち上げ、エネルギー改革に電力改革と、課題と格闘する日々は続きます。

今週末から、IAEAの総会でウィーンに行ってきます。世界が日本を見る目も、6月に各国を行脚した時からは、変っていることでしょうから、各国に、日本の現状をしっかりと伝えてきたいと思います。


311から半年 再出発

2011-09-11 14:04:32 | 国会活動

私の人生で、最も長く重苦しい半年という月日が流れました。あれ以来、私の生活は一変しました。政治家にとって命ともいうべき地元活動、永田町に欠かせない政局、そして、家族との時間のすべてを捨てて、ここまで走ってきました。いや、このような事故を起こした以上、政治家の個人的な事情など、省みる価値すらありません。危機管理の甘さ、政府の説明責任、対応の遅さなど、様々なご批判をいただきました。すべては、政治家である我々に責任があります。

少しづつ、しかし着実に、原発事故の収集に向けて、わが国は前進しています。命の危険を省みず立ち向かった自衛官、警察官、消防署員。過酷な環境で闘い続けた原発作業員。不眠不休で対応にあたった自治体や中央省庁の職員。そして、自らが被災者でありながら、除染や避難所の運営に協力して下さった皆さん。もっと、賞賛されてしかるべきです。

何度も被災地を訪れた中で、忘れがたい光景があります。6月。被災地には、まだがれきの山が並んでいました。渦高く積まれたがれきの山の一つ一つに、白い小さな旗が掲げてあることに気がつきました。案内してくれた地元の市の職員に聞くと、がれきの処理にあたった自衛隊が、行方不明者がいないかどうかを確認し、確認し終わったがれきの山に旗を掲げてあるとのことでした。その後、私は、被災者のアルバムの写真を修復するボランティアに参加しました。集められた泥まみれのアルバムの数々も、がれきの処理にあたった自衛官が取り上げたものでした。

大量のがれきを一気に撤去するよりも、人命や思い出を優先する。ここに、日本人の精神が表れています。震災から半年。これまで、傷口に触れないように、そろりそろりと、行われてきた復旧作業を加速させるべき時が来ました。福島で遅れていたがれきの処理と除染を加速させなければなりません。

先日、初対面の若い人から、「細野さんも笑うんですね」と言われました。そういえば、この半年、笑うことを忘れてしまっていたかも知れません。被災地の厳しい状況を考えると、笑うことは許されないできないかも知れません。ただ、少なくとも、被災地の復興に向けて、我々が前向きに取り組むべき時期が来ました。何としても、原発事故を収束させて、もう一度、日本の素晴らしさを世界に示したい。彼らなら、きっとやってくれるはずです。


野田内閣発足 静かな政治を

2011-09-04 10:32:03 | 国会活動

野田内閣がスタートし、大臣に再任されました。菅政権の総辞職から若干の時間がありましたので、逆に、半年の疲労の蓄積を実感しました。一つの区切りとの思いもありましたが、政治を志した人間として難局から逃げることはできません。自らの気を振るい立たせて職責を全うする覚悟です。

環境大臣を兼務するため、これまで以上に役割は重くなりますが、環境省が主力となる除染や廃棄物処理、原子力安全庁の準備を考えると、私の役割はより明確になったと思います。

菅政権では、政権末期という状況下での入閣でしたので、短距離走を駆け抜けた二ヶ月でした。今後も、震災対応では迅速な対応を心がけますが、将来を展望し、何ごともにも腰を据えて対応していきたいと思います。

自民党時代から、5人の総理が一年ごとに交代してきました。野田政権への支持の高さは、そろそろ静かな政治を実現してくれという国民の気持ちを現れではないかと思います。

震災復興、原発事故、円高、そしてねじれ国会という状況を考えると、野田政権は必ず壁にぶち当たるでしょう。我々にできることは、愚直に仕事に徹し、国民に説明と説得を繰り返すことです。

再び、地元に戻れない日々が続きますが、きっと分かっていただけるはずだと信じて、全力を尽くします。