細野豪志ブログ
衆議院議員 細野豪志の活動報告です
 



GWも終わり、今日から通常業務に復帰です。GW中の主な日程をご紹介すると、

28日は三島でメーデーに出た後、奈良市での中村哲治参議院議員の応援。29日に岩手県まで移動して、30日は大槌町でガレキを埋めた「1000年の森」プロジェクトに参加。午後からNPO法人吉里吉里国訪問。芳賀さんの言霊は健在でした。

1日から2日は水俣病の慰霊式典出席後、熊本県水俣市と鹿児島県出水市で関係施設訪問、および特措法の申請の呼びかけ。公式確認から56年。水俣病は終わりません。

3日から中国。北京で中国、韓国の環境大臣と会談および夕食会。4日は午前中は北京で日中韓環境大臣会合、午後は車で天津に移動して家電のリサイクル施設訪問。悪天候で飛行機は一旦、何と、珠海に飛んでから、5日未明に広州に入って(雷鳴と爆風の中のフライトで、初めて飛行機が怖いと思いました‥)、朝一で汪洋書記と会談。午後は大亜湾原発視察。昨日、帰国しました。飛行機と車での移動で、大陸の広さを体感しました。

訪中の成果は、光化学オキシダント、黄砂などの大気汚染分野の研究の推進を確認できたこと。日中韓環境大臣会合も14回目。現実の環境問題に対応できる会議になってきました。日中韓が協力すべき課題は数多くありますが、環境は最も緊急性が高く、合意しやすい分野です。三大臣では、環境共同体と呼ぶことで合意しました。

日中で、原発の安全規制での連携を確認できたことも収穫でした。大亜湾原発のある広東省を訪れたもう一つの理由は、汪洋書記と会談すること。秋には常務委員入りが確実視される汪洋氏は、地方からのたたき上げの苦労人。私がこれまでに会った中国の指導者と比較しても、柔軟でユーモアに富み、会談は大いに盛り上がりました。汪洋氏とは環境問題や災害対応などの関心分野が重なっており、個人的な連携を確認することもできました。肝を冷やしながら、広州に入ったかいがありました。

福島の復興、ガレキ、原子力規制庁法案など、今日から会期末に向けてガンガン前進です。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




早起きしました。疲れはありませんが、やはり時差の影響は残っているようです。南アから帰国してみると、COP17の結果は、国内ではそれほど評価されていませんでした。

当初、厳しい状況を覚悟していた私から見ると、結果は予想していたものよりはるかに良かったと思っています。

第一に、すべての主要排出国が加わる新たな枠組みの道筋ができたこと。先進国と途上国が対立を超えて、新たな枠組みを議論するワーキンググループの立ち上げも、わが国の主張が通りました。これは、世界全体の成果。

次に、京都議定書の第二約束期間に日本は加わらなかったこと。今さら、多くを語る必要はないでしょう。評価の分かれるところですが、私は日本にとって決断の時だと感じていましたので、一度もぶれた発言はしませんでした。

CDMや二国間オフセットクレジットなどの市場メカニズムも認められる方向です。これらは、日本の気候変動問題における生命線です。

実は、いずれも、事前に決定していた日本政府の対処方針通りです。

災害対応に追われるわが国にとっては、がんがん攻めていける状況ではなかったのも事実。水面下の調整や提案も、外からは見えにくいところがあったと思います。

声高に成果を強調する必要はありません。したたかに、所期の目的を達成するのも、外交の一つの本質ですから。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




COP17は、終了予定の9日を過ぎましたが、合意に至らず、続いています。
これまで、夜を徹して行われたものを含めて、閣僚会合には、すべて出席しましたが、手続きを巡っての混乱が多く、中身の議論に、なかなか入ることができずに来ました。
日米豪などのアンブレラグループ、EU、途上国、ツバルなどのAOSISなど、参加国は、何とか合意をしようと協議を重ねてきました。会議を壊そうとした国はありませんでした。
バイの会談は、米国、豪州、英国、韓国、インド、中国、カタール、ロシア。食事や立ち話、グループ会合は数知れず。官僚諸君は、徹夜で作業や交渉にあたりました。彼らの頑張りで、日本の立場は確実に伝わりましたし、合意形成に向けて、貢献できたと思います。

惜しむらくは、タイムリミットが近づいていること。やはり、原発事故対応がありますので、帰国しなければなりません。ダーバンでの残された時間は2時間弱。何とか、COP17の方向性を見届けたいと願っています。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




昨日から閣僚交渉が本格化してきました。勢力的に議長国を含めた各国との会談を行っています。各国政府、議員、企業、NGO、組合、メディア等が交錯し、様々な情報が飛び交っていますが、新たな枠組みの道筋は、まだ見えてきません。

今日は、閣僚として演説する日です。新たな枠組みについて、わが国の考え方を提示したいと思っています。冒頭では、原発事故への対応についても、触れることにしました。
主要国は母国語で演説するようですので、私も日本語でやることにしました。
今夕から始まる閣僚級のエンダバ(南アで寄り合いの意味)では、英語でやります。もっと英語やっておけばよかったと思うのですが、閣僚級のエンダバでは私が主張するしかありませんので、引っ込んでいるわけにはいきません。要は中身ですから、積極的に発言するつもりです。

日本の政局のニュースも気になりますが、地球の裏側まで来てしまった以上、何ともしようがありませんので、交渉に専念することにします。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




これから、COP17の会議で南アフリカに発ちます。国会最終盤に海外に出ることを認めて下さった国会関係者の皆さんに、心より感謝申し上げます。アフリカ大陸は、本当に久々です。

気候変動への対応は、地球規模で取り組むべき緊急の課題です。今年もダーバンには、この会議のために、何万人もの人々が集まっています。今週から、クライマックスである閣僚級のセッションが始まります。

私の演説の中では、わが国が国難に直面している中でも、気候変動問題に取り組む意欲を持ち続けていることを率直に伝えようと思っています。原発事故対応の責任者だからこそ、伝えられることがあるはずです。今夏の15%を超える節電の努力、再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入についても言及します。

わが国は、先進国と途上国が連携した包括的な国際枠組みの構築を目指します。ダーバンで、その道筋をつけたいと考えています。毎回、最終局面では徹夜の交渉になるとのことですので、私の唯一、そして最大の特長である体力をいかんなく発揮して、交渉に臨みたいと思います。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




昨晩、帰国しました。国会が延長されなければ、今日の予定でしたので、台風で東京に下りるのは難しかったかも知れません。

帰国早々、台風15号の影響が気になります。何といっても、地元と福島。関西で育っただけに、紀伊半島も心配です。災害対応は政治の仕事ですので、政府としての備えはしていますが、大きな災害がこれだけ続いていますので、何とか早く日本列島から立ち去ってくれないかと、祈るような気持ちです。

ウィーンでは、一泊三日の慌しい日程でしたが、マルチ、バイと充実した会談を行うことができました。国際原子力機関の総会だけに、世界の目は日本に集まっていました。オンサイトでは燃料取り出しなどの中期的措置、オフサイトでは除染など、IAEAも各国も我々に力を貸してくれます。

ただ、実際にやるのは、わが国自身です。日本の底力が問われるのはこれからです。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




国会では代表質問が続いています。数日ぶりに、議員会館に戻ってカレンダーを見ると、今日は、菅総理と東京電力に乗り込んでから半年。明日は、政権交代から二年です。随分、月日が経ったものです。特に、この半年は、本当に長かった。

半年経って、除染に格闘しながら事故の影響の大きさを痛感する一方で、当初、手がつけられなかった東電福島第一原発自体は、よく、ここまで落ち着いてきたものだとの感慨も持ちます。みんなで力を合わせて、第2ステップの目標である冷温停止状態までたどり着けねばなりません。平行して、除染と放射性廃棄物、原子力安全庁の立ち上げ、エネルギー改革に電力改革と、課題と格闘する日々は続きます。

今週末から、IAEAの総会でウィーンに行ってきます。世界が日本を見る目も、6月に各国を行脚した時からは、変っていることでしょうから、各国に、日本の現状をしっかりと伝えてきたいと思います。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




先ほど、ワシントンDCから帰ってきました。今回は、米国のCNAS(新安全保障センター)の招きで、シンクタンク関係者、国務省・国防総省関係者などと議論をしてきました。実質3日間で行ったミーティングは合計17。実に、充実した時間を過ごすことができました。

オバマ政権になって、ワシントンDCに数あるシンクタンクの中でも、CNASの影響力は強まっています。安全保障政策を統括しているミッシェル・フローノイ国防次官、日本ではお馴染みの東アジア外交の責任者であるカート・キャンベル国防次官補の二人はCNASの創設者。日米同盟をどのように深化するかについて、政策のキーマンと議論できたことは、大きな収穫でした。

中間選挙でねじれた米国の連邦議会は、6日が開会でした。オバマ政権と菅政権の今後が、何度も話題になりました。米国関係者は、菅総理大臣、前原外務大臣になって、日米関係が落ち着いてきたと評価する一方で、日本の政局に対する懸念は強まっています。

5日も日本を空けると、目まぐるしく動く国内政局からは「浦島太郎」になります。来週が山になるでしょう。一刻も早く、本業に戻って政策を前に進めたいものです。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




週末、再び中国に行ってきました。今回は表の日程で、北京から上海へ。

今回の目的は、上海万博の最終日に企画されていたシンポジウムのパネリストとして発言することだったのですが、せっかく中国まで行くので、北京に立ち寄って、懇意にしていた関係者と会うことにしました。

金曜日、北京では日本大使館、中国共産党中央対外連絡部(いわゆる中連部)の関係者と懇談。土曜日は上海に行く予定でしたが、ハノイでひと悶着あったので、北京に留まって中連部の関係者と再び懇談。

ハノイで首脳会談が行われなかったことは残念ですが、ここまで来ると、あまり慌てずに腰を据えて取り組むべきなのかも知れません。私は、外交ルートを側面からサポートする役に徹しようと思います。


日曜日。万博の最終日に上海に入りました。聞きしに勝る、上海万博のスケールの大きさには驚きました。昼間は、複数のパネルディスカッションが並行して行われており、日本からは橋下大阪府知事も出席していました。私は、若者と都市のあり方について発言しました。

引用したのは、杜甫の「高きに登る」という詩の「尽きぬ長江、滾滾として来る」というくだりです。チベット高原から湧き出た水は、中国大陸を横断し、上海を通って日本へ。その水の一部は、東南アジアからインド洋へ。ある一部は、太平洋を渡ってアメリカ大陸へ。現代は、人も金も物も行き来しており、その流れは止めることは出来ません。

私が言いたかったのは、そうした交流を維持するためにも、様々な障害があるときこそ、双方が「高きに登って」すなわち、大局的観点から日中関係を考えていくべきだということです。


中国は複雑で、理解するには手間と時間がかかります。また、付き合うには、精神的にも体力的にもタフさが必要です。だからこそ、興味深い。

今こそ、日中双方に「石を積む」人が必要です。今回の件を通じて、私自身もその作業に加わる決意をしました。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




先ほど、北京に到着しました。一昨年までは、民主党の訪中団で毎年来ていたのですが、昨年は訪中の機会がありませんでした。

この後、幹事長と国家首席の会談です。毎回、事務方なので、気を揉みますが、これそのものが外交ということもできますので、貴重な経験と受け取っています。

今回、一段と忙しないのは、国内の予算編成が大詰めを迎えているからです。携帯を駆使しながら、両方の仕事をやり遂げたいと思います。踏ん張りどころです。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ