細野豪志ブログ

衆議院議員 細野豪志の活動報告です

仕事納め

2010-12-28 09:40:11 | 国会活動

今日で、霞ヶ関は仕事納め。永田町も年末モードに入りましたが、私は、年末まで残した課題が幾つかあり、今日まで議員会館で仕事です。

明日から大晦日までは、毎年恒例の年末街宣。元旦は、「朝ナマ」からスタートになります。年末年始の過ごし方は議員によって様々。来年は統一地方選挙の年でもありますので、年末年始はがんばりどころではあるのですが、全く休みを取らないと、「新たな年に向けて、気持ちを新たに」という感じにならないのが、悩ましいところです。

年明けの政局は、全くが見えて来ません。与党の一員として、こういう環境で年末を迎えている責任を感じています。国難とも言うべきこの時期、政局が混乱する中で、国民に語りかける政治の力が落ちていないか、心配です。


外国人土地売買問題から共同体を考える

2010-12-19 13:44:32 | 国会活動

年の瀬が迫ってきましたが、民主党は、外国人の土地取引について考えるプロジェクトチーム(PT)を立ち上げます。半年ほど前から、この問題で資料を集めてきたこともあり、私が座長を務めることになりました。予算委員会で、森林売買について質問した行田邦子参議院議員に事務局長をやって頂くことになりました。

議論はこれからですが、おそらく問題となるのは、二つのケースです。一つは、尖閣諸島や対馬などの離島の土地の取引。これは、安全保障上の理由から、国境線からの距離などを規定して、外国人の土地取引を規制するべきでしょう。

もうひとつは、最近、北海道などで問題になっている水源となる森林の売買です。国は実態を把握できていないのですが、先日、この分野で警鐘を発してきた平野秀樹氏に話を聞いたところ、相当事態は進んでいるようです。何らかの規制が必要だと思うものの、「水源」をどのように定義するか、企業の場合、外国人とは何を指すのか(経営者の国籍か、外国資本の割合か?)、難しい面があります。

以前、海洋権益の問題をやった時に、資源採掘を規制している鉱業法に国籍要件を入れることを民主党として提案したことがあります。結局、海洋基本法の制定で落ち着き、現在も鉱業法の改正は積み残された問題となっているのですが、こういった安全保障が関わる問題では、届出制を採用するなどして、ある程度、行政的、政治的な「裁量」を残す必要があります。

 

そういった森林売買の規制を考えた時に、はたと考えてしまうのは、それでは、どうやってわが国の森林を維持していくのかという問題です。取引を規制したところで、手放したいと考えている森林所有者がいる以上、政府が買い上げるわけにはいきませんし、何らかの新たな需要をつくりだしていく必要があります。

奇しくも、今年、私の父親は丹波の山奥、綾部市の実家を手放しました。細野家は元々、貧しい農家でしたので、小さな土地にオンボロな家屋。しかも、最近は過疎化が進み、超高齢化した地域になっていますので、売っても、ほどんどお金にはなりません。これまで、両親が墓参りを兼ねて帰省しては手入れをしてきたのですが、それも限界がきていました。それでも、先祖伝来の土地を手放すのには、両親は相当悩んだようです。私にとっても、綾部は生まれた地でもあり、小学生の時は、夏休みに長期滞在して、海や山に遊びに行った思い出の場所です。

実家の裏には、小さな山があり、その一部が細野家の所有となっていました。私が小学校の三年生ぐらいの時だったでしょうか、祖父に山に連れて行かれ、「ここまでが細野家の山だから、覚えておくように」と言われたこと自体は覚えているのですが、そこには何ら目印らしきものはなく、私には本当のところどこまでが細野家の所有なのか分かりませんでした。地籍も不明確になっていたようですが、父は辛うじて境界を記憶しており、善良な新たな所有者に、裏山も含めて託すことになりました。もちろん、裏山には、価格はつきませんでした。

日本の森林では、戦後植林した樹木が育っており、潜在的な経済価値は大きなものがあります。また、将来的な水不足を考えると、水源としての魅力も見逃すことができません。ただ、うちの実家がそうであったように、管理をする人がいなければ、いかんともしがたい。

歴史的に見ると、森林には住民の入り合いが認められ、共同体によって管理されてきました。むしろ、森林の管理は宗教的な意味合いも持っていたため、そのために共同体があったといった方が適切かも知れません。うちの裏山でも、大昔はマツタケが取れて、共同体にはそれを巡るルールがあったそうです。

残念ながら、すでに、地域の共同体には森林を守るだけの力が残されていません。私が注目しているのが、会社や組合などの職場、学校、NPOなどの共同体による森林の有効活用です。三島市にはフォレストクラブがあり、有志のボランティアが箱根の山の森林管理に取り組んでくれています。

昨年の夏の静岡県知事選挙では、私の提案で、会社や学校で山を管理する「一社一山」「一校一山」の推進をマニフェストに入れてもらいました(類似の運動として、韓国では「一社一村」運動が以前から行われおり、石川前知事の時代から静岡でも取り組みが行われてきました)。学者の時代から、川勝平太知事はこうした運動の必要性を訴えており、今は知事として旗振り役を担って下さっています。

「一社一村」運動に興味を示す企業は徐々に出てきているようですが、「一校一山」の実現はなかなか難しいようです。たしかに、教師と子供だけで山を管理するのは現実的ではないのでしょう。コミュニティスクールができて地域住民が参加してくれれば可能ではないか?そこで、演劇や音楽が行われ、人々の憩いの場になれば、言うことないが・・・。最近、そんなことを考えるようになりました。

PTでは、単に規制だけではなくて、民主党らしく、森林の活用や共同体についても幅広く議論できればと思っています。


国会改革の必要性

2010-12-14 00:02:33 | 国会活動
数年前から、自民党の河野太郎衆議院議員、みんなの党の水野賢一参議院議員、民主党の馬淵澄夫衆議院議員らと、国会改革の議論を行ってきました。すでに、毎日新聞を始めとしたいくつかのメディアで取り上げられています。

臨時国会での与野党激突を見るにつけ、通常国会での議論が気になります。国民生活がこれだけ困窮しているこの時期に、国会が機能不全に陥るとしたら、民主党政権の危機を超えて、国民生活の危機と言うべき状況です。私は、少なくとも三点の改革が必要だと考えています。

第一に、審議の中身より日程闘争が優先される元凶とも言うべき、国会の「会期不継続の原則」の変更です。現在のルールでは、両院で議決に至らなかった審議未了案件は廃案となります。会期を区切らずに議案の審議ができれば、日程闘争に意味がなくなり、総選挙で国民が選んだ政権が任期全てを使って、政権公約を実現するという統治スタイルが実現できます。

第二の提案は、スキャンダルで予算や立法審査が妨げられる現状の変更です。全ての常任委員会にスキャンダルやムダ遣いをチャックする行政監視小委員会を設置し、法案や予算審議とは分けて審議する方法などが考えられます。

また、議員の資質を向上させるために、個人の良心や価値観が問われる法案や議員の身分に関する法案は党議拘束をかけずに採決する自由投票を増やすことも重要です。

年内に仲間を増やして、国会改革の動きを加速させたいと思っています。

政権党の矜持

2010-12-13 23:29:23 | 国会活動
民主党が揺れています。政権党である我々にとって、税制、予算が詰め作業に入っているこの時期は最も大切です。

特に、私が気になっているのが税制です。この秋から、税制WTの副座長として、温暖化対策税、新しい公共に関わるNPOなどの支援税制、そして、政治改革実現のための個人献金促進税制の策定に深く関わりました。租税特別措置の是非や、法人税や所得税などの「大玉」の議論も白熱しました。今週中に決着が見込まれる政府税調の議論が非常に気になります。

予算も心配です。新規国債の発行を44兆円の範囲内に収める予算が組めるのか。子供手当や農業の個別所得補償はどうなるのか。気になる項目を挙げれば切りがありません。

今年の予算の策定が終わったら、我々のマニフェストのあり方も検証する必要があると思います。子供手当2万6000円の満額支給に帳尻を合わせるべく、控除の仕組みをいじるのはもはや限界です。事業仕訳も一段落し、税収の落ち込みも顕著になる中、子供手当のあり方をもう一度検証する必要があります。私は、自治体や地域の共同体に、子育てのあり方を委ねるべきではないかと考えるようになっています。

最も大切な時期に、党内がバラバラになっている現状は深刻です。我々全員が与党の矜持を取り戻し、国家国民のために、働くことのできる状況をつくらねばなりません。一刻も早く!

外交安全保障 政治家の必須科目

2010-12-05 00:08:08 | 国会活動

政権交代から1年3か月が経過しました。身にしみたのは、外交安全保障の難しさです。

外交に信頼できる人脈と経験が欠かせません。特に、米国と東アジアは政治家の必須科目と言えます。年末年始、その機会に恵まれました。明日・明後日と日韓協力委員会で韓国。12月半ばには政党間交流で中国。年明けには米国に行きたいと思っています。


「茜色の空」を呼んで 静かな政治

2010-12-04 23:43:13 | 国会活動

このところ、大平正芳総理の本に凝っています。今晩、「茜色の空」を読み終えました。辻井喬氏こと、セゾンの堤清二氏の著書は、一度読んでみたいと思っていました。

物心がついた時、総理をやっていたのが大平正芳氏でした。当時は、「あー、うー」としか言わない凡庸な総理という印象でしたが、選挙中に総理が急死したことは、小学生時の時の強烈な記憶として残っています。

政治家になって、大平総理の印象は一変しました。大平氏は、総合安全保障研究、田園都市構想など、9つの研究会を立ち上げました。大平氏の死後、取りまとめられたそれらのレポートは、今でも輝きを失っていません。大平総理が見せたポピュリズムになびかない静かな政治は、今の時代にこそ求められているのかも知れません。

議員になった直後、大勲位・中曽根康弘元総理から経験談を聞いたことがあります。人脈、政治理念、政策などは、総理になってから考えるのでは遅い。三角大福中は、それぞれ、政治的な立場は違えど、必要な備えをしていた政治家だったのでしょう。