田嶋陽子『フィルムの中の女 ヒロインはなぜ殺されるのか』その２

　昨日の続きです。

・最後まで生むということにこだわりながら、女は死んでいきます。『当然炎のごとく』のカトリーヌもそうでした。すなわちこれ「女は母性」という刷り込みからきています。「女は母性」という考え方は、現在のように女だけに子育てが押しつけられている状況では、人間としての女の生き方の足を引っ張る病原菌の一つなのです。


母を告発する「父の娘」『秋のソナタ』

・この映画は、職業をもった母親を、娘が告発する映画と言っていいでしょう。

・この映画を見たある女子学生が「キャリアウーマンになってもなくても、子どもからあんなふうに言われるかと思うと怖い」と顔をくもらせていました。この映画には、これから社会へ出ようとする若い女性たちに、そんなふうに受け取られるような要素があるということで、それに対して、映画の中で娘エヴァは、告発だけではなんら具体的な答えは出していませんが、でもベルイマン監督の言いたいことはよく分かります。要するに「女はまず家庭にいて、しかも、よい母親になれるように修行しなさい」ということなのです。こうしてみると、前向きに生きようとしている人たちには、あまりお薦めできる映画ではないかも知れません。しかし、見方を変えれば、女性を母親業だけに閉じ込めようとした、この時代錯誤的な主張の中に、逆に学ぶべきものもたくさんあるのではないかと思います。

・それなら私たちは、宿命すなわち自分の生まれや育ちから究極的には自身になれないのか、人間に自由はないのかという問題になります。しかし、その人の人生の立脚点はいやおうなくそこにあったとしても、大方の人たちはそれをバネにして滋養にして自分の人生を創っていくものではないでしょうか。たとえ子ども時代のハンディを背負った未熟な歪んだ愛でも、愛が本当に必要なら、エヴァの年齢になるまで、自分の責任でなんとかやりくりしていけるはずではないでしょうか。

・エヴァが母シャロッテに言っていることの要旨は「お母さんはずっと仕事で家にいなくて、その間、お父さんと私がいかに辛い思いをしたか。あなたは自分のことしか考えないエゴイストだ」ということで、これらは今もって働く母親に対してよく言われる非難です。夫が直接妻に文句を言うなら、妻の方も夫の身軽さを指摘できるわけですが、子どもでしかも同じ女である「娘」の口を借りて、母親らしさ、女らしさを求めさせているということは、問題の原点を見えなくさせるという点で、実に巧妙な「性の政治」ではないかと私は思います。

・つまり、エヴァは「感傷」の人生を生きているということです。「愛されなかったから愛せない」という発見に甘えてしまって、死んだ子どもをも死んだと認められない、認めるのが怖い、そういった感傷の世界に生きているということです。「感傷」とは、言ってみれば、おしきせの気持ちのことです。人が死んだら悲しい、子どもは可愛いものだ、というたぐいの決まりきった気持ちの路線から出ないことです。真の感情から遠いことです。一種の逃げです。エヴァが宗教誌のジャーナリストになったり、牧師と結婚したのは、彼女なりに人生について悩んでいたということですが、宗教にいく前に自分の感性で考えなければいかない問題はいくつもあったはずです。

・ところが、シャロッテの方は自分の「感情」で生きているから、そういう矛盾はありません。ここでいう「感情」というのは、「感情的」という場合のものとはちがって、物事を腹の底から深く感じる能力のことです。抑圧された人は、憎しみ、悲しさ、楽しさ、怒りなどを深く根本的に感じる能力をなくしてしまいがちです。深く感じるということは、行動につながります。行動は変化につながります。（中略）感じないようにすることで自分を守っている抑圧された人たちが、一番抑圧するのは「怒り」です。ですから、抑圧された人ほど、いつもニコニコしているということも言えます。

・この映画をフェミニズムの視点から見てすごいなと思うのは、母親自身の口からはっきりと「私は母親になれない人だ」と言わせていることです。それに、母親を演じてしかるべき人間を、あれだけエゴイストに描けたということです。女は母性に生きるべきだという論調がある中で、母親になれなくても、女で、なおかつ人間でいられるという人物を描き出したというのは、それだけで、画期的なことだと思います。

（また明日へ続きます……）

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