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ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』その13

2020-09-03 00:29:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

西 1959年夏
第二十七章 応募者 運び屋 修道女 学生
 待つことが、大半を占めていた。情報を待ち、仕事を割り振られるのを待ち、任務の開始を待つ。(中略)
 あの万国博覧会から九か月がすぎ、わたしはまた待っていた━━ウィーンのある宿泊所(ホステル)で、第七回世界青年学生祭典が始まるのを。(中略)
 クレムリンは世界青年学生祭典参加者への影響力を永続的かつ確実なものとするため、推定一億ドルをつぎこんでいた。
 だが、CIAには別の計画があった。
 ソ連のあちこちに『ドクトル・ジバゴ』の本が現われ、パステルナークの知名度が急上昇してからというもの、ソ連政府は海外から母なる国へ戻ってきた国民の荷物のなかに、この禁書がないかを捜索するようになっていた。(中略)
 わたしは早めにウィーンへ行き、その小型本二千部の到着を待つことになっていた。(中略)
 最初の持ち場は、プラーター遊園地になる予定だ。(中略)
 彼女はそこ、観覧車に乗る列に、わたしのほうへ背を向けて立っていた。
 サリーは緑のロングコートに白い手袋をして、赤い髪をわたしが最後に見たときよりも少し短くカットしていた。(中略)

 わたしは何度も何度も彼女を見た。ウィーンで最後の『ドクトル・ジバゴ』を配り、次の任務、そのまた次の任務を遂行したずっとあとまで。わたしたちがともにすごした時は短かったけれど、それは問題ではなかった。この先何年間も、わたしは彼女の姿を見続けるだろう。(中略)

東 1960年~1961年
第二十八章 ミューズ 矯正収容された女 使者 母親 使者 女郵便局長 未亡人のようなもの
 小さな家に遅れてやってきた彼は、ひたすら謝った。「あなたの誕生日に免じて水に流すわ」わたしはそう言いながら、彼がコートを脱ぐのを手伝った。(中略)
 わたしたちは食べたり飲んだりし、ボーリャは昔のようにみんなにちやほやされた。(中略)
 ふたりきりになると、ボーリャはネルー首相からのプレゼントの目覚まし時計を持ち、お気に入りの赤い大きな椅子にゆったりともたれた。ネルー首相は以前から『ドクトル・ジバゴ』への支持を公言してくれていた。(中略)
 最初になくなったのは食欲だ。(中略)
 疲れきって、戯曲に集中することが難しくなった彼は、いまだに送られてくるたくさんの手紙に返事を書くことができなかった。(中略)
 それがふたりの最後のときになるとは、わからなかった。わかっていたら、わたしは絶対に急がなかったろう。(中略)
 彼が服を着て家へ帰ると、わたしはひとりきりで食事をした。生きている彼を見たのは、その日のほかに、もう一度だけだ。
 その最後のときは、危うく彼だと気づかないところだった。墓地での待ち合わせに一時間遅刻してきた彼を見たとき、知らない人だと思ったのだ。彼の歩みはあまりにも遅く、足取りはおぼつかず、腰は曲がり、髪はとかされておらず、顔色はいちだんと悪くなっていた。(中略)
「わたしたちの生活を変えるようなことは何もしないでくれ。お願いだ。わたしにはとても耐えられない。どうかモスクワには戻らないでくれ」
「戻らないわ」わたしはそう言って、彼の手を強く握った。「わたしはここにいる」
 わたしたちはその晩、小さな家で会う約束をして別れた。けれど彼は現われなかった。

 心臓が原因だった。(中略)寝たきりの彼は、今回の体調不良はやがて治り、近いうちに起きられるようになって戯曲を完成できるだろうと、わたしに手紙を寄こした。
 彼はその翌日また手紙を書いてきて、看病がしやすいようにベッドを一階に移されたのだが、自分の書きもの机から遠く離れているのは非常につらいと訴えていた。(中略)
 何日かすぎても次の手紙が届かなかったとき、わたしはミーチャとイーラを大きな家へ偵察に行かせた。(中略)カーテンが閉まっていたので、わたしに報告できるようなことはほとんどなかった。
 また一日がすぎた。あいかわらず彼からの便りはなく、わたしは大きな家へ出かけていった。(中略)「オリガ・フセーヴォロドヴナさんですね」看護婦は言った。「あなたが来るだろうと彼が言ってました」
「奥さんには、わたしを彼に会わせてやろうという思いやりがないの?」わたしは言った。「それとも、わたしが来るのをいやがっているのは彼のほう?」
「そうじゃありません」彼女は家のほうを見た。「彼はあなたに姿を見られるのが耐えられないって」(中略)
 わたしは何日も門の前で寝ずの番を続けながら、看護婦から様子を聞いていた。(中略)
 新聞記者やカメラマンたちを乗せた車が、わたしの立つ場所に次々とやってきたとき、自分の寝ずの番は臨終のみとりとなったことを知った。わたしはその場を去り、黒いワンピースとヴェールをつけて戻った。(中略)
 それでも、彼はわたしを入れてくれようとしなかった。

(また明日へ続きます……)

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