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倉谷滋『怪獣生物学入門』その2

2020-06-21 12:28:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

・トリや人間が毒虫を避けるのは、その危険性を理屈として理解しているからではなく、生得的プログラム(本能)や経験により、尖った形やハチに類似の特定のパターンと、外傷を負う危険の間の因果関係を、無条件に情緒の中に組み込んだからに他ならない。一種の反射だ。そこには理屈などない。

・ドゴラいいねぇ、ドゴラ。これは1964年の東宝映画、『宇宙大怪獣ドゴラ』に登場した、早い話がクラゲ型の宇宙怪獣だ。この映画のポスターが街中に貼られたとき、五歳の私はその内容に思いを馳せ、限りなくドゴラ世界に憧れていた。

・なにをおいても、ギャング団の一員、夏井浜子を演じた若林映子(あきこ)の醸し出す雰囲気が素晴らしい。なにはなくとも、怪獣と彼女だけ観ていればいい。とりわけ仲間を裏切った彼女がボスに背後から撃たれ、燦燦と降り注ぐ南国の太陽の下で顔を歪め、絶命するシーンは特筆もの、まるでその部分だけ古いフランス映画を観ているような洒落た趣すらあり、同時にそのシーンが映画冒頭の「動くベッド」、あの夜のオープンカーのシーンと絶妙に調和している。こういうシーンが似合う女優は、若林映子以外あり得ない。あぁ、なんて美しい。これを軸にストーリーを練り直せば、そして夜のシーンを増やせば、もっと良い映画になったものを。

・山奥の古い洋館に巣くう大グモや、夜空にわだかまる巨大なクラゲ状の宇宙怪獣が似合う女優は、世界広しといえど一人しかいない。それが、60年代の若林映子なのだ。

・ドゴラの幻想的なイメージの源泉は、紛れもなくそれが巨大であり、且つ、宙に浮いているということであり、さらにそのことによって、ドゴラが浮かんでいる空の下の街全体を、まるで深い海の底であるかのように見せているという、その奇妙な性質にある。
 たとえば、北九州市上空に浮かび、関門橋をその触手で粉砕するシーンはどうだ。北九州市全体が深い海の底に沈み、一匹の巨大なクラゲの意のままになっているといったような、不思議な錯覚を覚えなかっただろうか。ただ単に、現実の中に異界からの使者としての怪獣が現れたというのではなく、怪獣によって人間社会それ自体が異界に連れ去られてしまったような感覚を持たなかっただろうか。このようなイメージこそが、怪獣映画の醸し出す幻想の最たるものであり、その一点においてドゴラは、たとえ映画として失敗作であったとしても、他の怪獣たちを大きく引き離している。
 現実世界がまるでいつもとは違って見えるという、作家・稲垣足穂の言う「プラス・アルファ感覚」がおそらくはそれに近いのだろう。経験と常識を積んでしまった大人には、もはや無理なことだろうが、子供の頃は不思議で幻想的なイメージをいとも簡単に夢に見たり、想像したりすることができたものだ。そしてそれが楽しかった。私の場合、子供の頃は現実の受容とその理解に精一杯で、その反動の如く、想像力が活性化しており、その頃に私の目の前に現れた東宝怪獣は、もっぱら映画のポスターを通じ、その後の私の自然観や科学者魂に、大きく深く影響を及ぼすことになっていたらしい。そして、紛れもなくドゴラはその最たるものだった。それを最初に惹起したのは、ひょっとしたら兵庫県の須磨にある、あの水族館ではなかったか。
 60年代、幼い頃の私にとって、須磨海岸と須磨海浜水族館は夏の象徴だった。大きな水槽の、薄暗い水の中でじっとしている巨大なクエ(須磨海浜水族館では当時名物になっていた)であるとか、水槽を処狭しと泳ぎ回っているサメやエイの類であるとか、初めてそれらを目にしたとき、自分を取り巻くこの世界が、まさに書き換えられてゆくような感覚を覚えたものである。
 あれは、おそらく夏真っ盛りの頃だったと思う。水族館から帰ってきたその晩、私は不思議な夢を見た。街中が水の底に沈み、家の前の通りをサカナが泳ぎ回っている。すぐそこの交差点に大きな白いサメがいて、そいつは地面すれすれの高さを泳ぎ、ゆっくりと向こうの方へ去っていってしまった。その感覚を言葉で伝えるのは難しい。「幻想的な異界のイメージ」というしかないが、幼い私にそのような言葉が使えた試しもない。
(中略)『もうひとつの街』という小説(中略)の表紙に、家々を縫ってゆったりと泳ぐサメの絵が描かれているが、強いて言うならそれがまさに私の見た夢のイメージだ。またあるときは、宇宙空間と街が一体化し、近所の公園の砂場に、直径数メートルの淡く光る土星が降りてきていることもあった。(中略)このような夢想は、つねに自然観や科学知識と実体験の狭間に介在する。世界を知覚し、それを徐々に体系化してゆく最中の子供の脳の中では、その界面がダイナミックに相互作用していると思しい。

(また明日へ続きます……)

 →サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto