昨日からの続きです。
しかし、これがシュムペーターの思想のエッセンスであるとすると、それがどうして今なお人を魅了するのであろうか。実のところ、彼の論説は文句のつけようがないというほどのものではないと言わざるをえないのだが。右の問いに答える前に、シュムペーターの論法が提起しているいくつかの問題を取り出してみよう。
シュムペーターは、資本主義は必然的に社会主義へ移行すると主張する。このことは当然ながら、資本主義そして社会主義とは正確にはどういうものなのか、という疑問を提起する。実は、彼自身が答えを示している。すなわち、決定的な尺度は、生産手段についての所有と管理であるとされている。生産手段の私有制と公有制とが、それぞれ資本主義と社会主義の特徴である。しかし、この二つの範疇への区分は厳密にすぎ、経済的、社会的そして政治的な秩序が取りうるさまざまな形態についての正しい特徴を表わすには不適当である。(中略)不適当であるというのは、いろいろな形の経済的秩序の政治的背景にかんする問題の方がいっそう重要だからである。シュムペーターは、経済制度としての社会主義を政治的民主主義と結びつけることが可能となるかどうか疑問視している。(中略)シュムペーターの巨大なテーマは、言葉を入れ換えると次のように言えるのではないだろうか。「“専制政治”は生き延びうるか。否、生き延びられない。“民主主義”は生き延びうるか。もちろん、生き延びうる」。(中略)今日の世界では、別の因果関係が認められるのではないか。シュムペーターの社会・経済モデルと合致するところの多い共産主義諸国では、逆方向に作用する諸力を見ることができる。シュムペーターが資本主義衰退の兆候として強烈に描いたのと同じ現象が、歴史の推移するなかで別の体制にも生じるかもしれないことを、この社会・経済モデルが示しえなかったのはどうしてだろうか。それらの現象とは、シュムペーターの言葉をもう一度少し言葉を変えて言うと「くずれ落ちる城壁」、とくに「“国家”の企業家的機能の破壊、擁護階級の壊滅、“社会主義社会”の制度的仕組みの破壊」である。
シュムペーターはそれらのことに思いが及ばなかったのであろうか。はっきり理解しうるメッセージを伝えるのは、天才肌の人が著した書物の特徴であるが、それはまた、ものごとをそれ本来の調和のとれた関係に置き、副次的な問題を鮮やかな形で取り上げ、さらに主題をぼやかすことなく、別の考え方の出発点を提供してくれている。(中略)資本主義から社会主義への移行については、このような時間的尺度で考えなければならないのだろうか、とシュムペーターは問う。ことのついでといった感じで、歴史の流れの中では一世紀というのは比較的短い時間的尺度であると記している。そうであれば、次の問題は明らかとなる。たとえば1930年代と40年代における一般的状況から、次の百年ないし二百年における社会の発展を、あのような単一の原因に基づいて予言することは自明であろうか。まず自明とは言えないのだが、おそらくシュムペーターは、真っ先にこれに同意しただろうと思う。
それでは、『資本主義・社会主義・民主主義』は刊行後40年もたったいまも、どうして人々を魅了し、関心を引きつけるのだろうか。(中略)(人間社会の進化を支配する諸力への)明確な解答は得られないであろうが、いまの時点でこの魅惑的な問題を考えてみるならば、それらの思想家たちがかつて世界に教えてきたことから得るところは大きい。われわれは、そうした先達たちの肩に足を乗せて立上がることによって、多少とも前方が見えるようになるだろう。本書で論じられるシュムペーターの著書を繰り返し読むとき、われわれは巨大な肩の上に立っていることを感じないではいられない。
最後に目次も載せておきます。
序文(A・ヒアチェ)
序論(J・ジルストラ)
第一章 シュムペーターの資本主義・社会主義・民主主義(P・A・サミュエルソン)
第二章 資本主義衰退の社会学的考察(T・ボットモア)
第三章 社会主義への前進か━━戦後資本主義の発展段階(W・フェルナー)
第四章 『資本主義・社会主義・民主主義』の40年(書き手を書くのを忘れてしまいました。)
第五章 シュムペーターは正しかったか(R・L・ハイルブロナー)
第六章 シュムペーターとヴィジョン(H・W・ランバース)
第七章 シュムペーターと予言(A・スミシーズ)
第八章 ソ連学的考察(P・ワイルス)
第九章 資本主義・社会主義・民主主義━━「ヴィジョン」と「理論」(H・K・ザッセンハウス)
訳者あとがき
となっています。私は序論しか読めませんでしたが、次は金子勝さんがこの著作の発展形として推薦している『企業家としての国家』を読もうと思っています。
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
しかし、これがシュムペーターの思想のエッセンスであるとすると、それがどうして今なお人を魅了するのであろうか。実のところ、彼の論説は文句のつけようがないというほどのものではないと言わざるをえないのだが。右の問いに答える前に、シュムペーターの論法が提起しているいくつかの問題を取り出してみよう。
シュムペーターは、資本主義は必然的に社会主義へ移行すると主張する。このことは当然ながら、資本主義そして社会主義とは正確にはどういうものなのか、という疑問を提起する。実は、彼自身が答えを示している。すなわち、決定的な尺度は、生産手段についての所有と管理であるとされている。生産手段の私有制と公有制とが、それぞれ資本主義と社会主義の特徴である。しかし、この二つの範疇への区分は厳密にすぎ、経済的、社会的そして政治的な秩序が取りうるさまざまな形態についての正しい特徴を表わすには不適当である。(中略)不適当であるというのは、いろいろな形の経済的秩序の政治的背景にかんする問題の方がいっそう重要だからである。シュムペーターは、経済制度としての社会主義を政治的民主主義と結びつけることが可能となるかどうか疑問視している。(中略)シュムペーターの巨大なテーマは、言葉を入れ換えると次のように言えるのではないだろうか。「“専制政治”は生き延びうるか。否、生き延びられない。“民主主義”は生き延びうるか。もちろん、生き延びうる」。(中略)今日の世界では、別の因果関係が認められるのではないか。シュムペーターの社会・経済モデルと合致するところの多い共産主義諸国では、逆方向に作用する諸力を見ることができる。シュムペーターが資本主義衰退の兆候として強烈に描いたのと同じ現象が、歴史の推移するなかで別の体制にも生じるかもしれないことを、この社会・経済モデルが示しえなかったのはどうしてだろうか。それらの現象とは、シュムペーターの言葉をもう一度少し言葉を変えて言うと「くずれ落ちる城壁」、とくに「“国家”の企業家的機能の破壊、擁護階級の壊滅、“社会主義社会”の制度的仕組みの破壊」である。
シュムペーターはそれらのことに思いが及ばなかったのであろうか。はっきり理解しうるメッセージを伝えるのは、天才肌の人が著した書物の特徴であるが、それはまた、ものごとをそれ本来の調和のとれた関係に置き、副次的な問題を鮮やかな形で取り上げ、さらに主題をぼやかすことなく、別の考え方の出発点を提供してくれている。(中略)資本主義から社会主義への移行については、このような時間的尺度で考えなければならないのだろうか、とシュムペーターは問う。ことのついでといった感じで、歴史の流れの中では一世紀というのは比較的短い時間的尺度であると記している。そうであれば、次の問題は明らかとなる。たとえば1930年代と40年代における一般的状況から、次の百年ないし二百年における社会の発展を、あのような単一の原因に基づいて予言することは自明であろうか。まず自明とは言えないのだが、おそらくシュムペーターは、真っ先にこれに同意しただろうと思う。
それでは、『資本主義・社会主義・民主主義』は刊行後40年もたったいまも、どうして人々を魅了し、関心を引きつけるのだろうか。(中略)(人間社会の進化を支配する諸力への)明確な解答は得られないであろうが、いまの時点でこの魅惑的な問題を考えてみるならば、それらの思想家たちがかつて世界に教えてきたことから得るところは大きい。われわれは、そうした先達たちの肩に足を乗せて立上がることによって、多少とも前方が見えるようになるだろう。本書で論じられるシュムペーターの著書を繰り返し読むとき、われわれは巨大な肩の上に立っていることを感じないではいられない。
最後に目次も載せておきます。
序文(A・ヒアチェ)
序論(J・ジルストラ)
第一章 シュムペーターの資本主義・社会主義・民主主義(P・A・サミュエルソン)
第二章 資本主義衰退の社会学的考察(T・ボットモア)
第三章 社会主義への前進か━━戦後資本主義の発展段階(W・フェルナー)
第四章 『資本主義・社会主義・民主主義』の40年(書き手を書くのを忘れてしまいました。)
第五章 シュムペーターは正しかったか(R・L・ハイルブロナー)
第六章 シュムペーターとヴィジョン(H・W・ランバース)
第七章 シュムペーターと予言(A・スミシーズ)
第八章 ソ連学的考察(P・ワイルス)
第九章 資本主義・社会主義・民主主義━━「ヴィジョン」と「理論」(H・K・ザッセンハウス)
訳者あとがき
となっています。私は序論しか読めませんでしたが、次は金子勝さんがこの著作の発展形として推薦している『企業家としての国家』を読もうと思っています。
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