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三崎亜記『闇』 

2016-09-06 15:09:00 | ノンジャンル
 先日、相米慎二監督の’83年作品『魚影の群れ』をWOWOWシネマで再見しました。
大間一のマグロ採り・フサジロウ(緒形拳)は妻に逃げられ、娘のトキコ(夏目雅子)と住んでいる。トキコにはコーヒー店を営む恋人・シンイチ(佐藤浩市)がいるが、シンイチは店をたたんで、フサジロウに弟子入りし、漁師になりたいとトキコに言う。なかなかシンイチの願いを叶えてやろうとしないフサジロウ。やっと願いを叶えてやったフサジロウだったが、ある日シンイチがテグスを顔に巻きつけて大けがをしたにもかかわらず、漁を続けて、トキコの怒りを買い、トキコはシンイチを連れて家を出る。フサジロウは北海道に逃げた妻(十朱幸代)と再会し、一旦はよりを戻すに見えたが、妻は「あなたにとってはマグロも人間も同じ」と罵倒し、二人は別れる。シンイチはケガの後遺症で目が時々見えなくなり、なかなかマグロを採れないが、トキコは妊娠する。シンイチはある日漁に出て行方不明になり、トキコはフサジロウに頼み込んで捜索に出てもらう。フサジロウはシンイチを見つけるが、マグロとの格闘でシンイチはすでに重傷を負っており、そのマグロを釣り上げた後、港に帰る前に息絶える。息子が生まれたら猟師にしてほしいというシンイチの遺言をフサジロウから聞いたトキコは嘆き叫ぶのだった。
 ワンシーン・ワンショットが多用されていて、登場人物がよく歌を歌う映画でした。

 さて、‘11年に刊行された『短篇ベストコレクション 現代の小説2011』に収録された、三崎亜記さんの作品『闇』を読みました。
 アタッシェケースをベッドの上に放り投げ、ネクタイを緩めながら、狭い室内を見渡す。今までの出張での常宿より、1ランク下のビジネスホテルだ。開いたカーテンの端を握ったまま、私は動きを止めた。外にあるのは、裏街の風景でも、隣のビルの壁でもなかった。そこにあるのは、ただの暗闇だった。ベッドの脇に据え置かれた、非常用の懐中電灯を手にする。ガラスの反射に遮られながらも、外に光を向けてみる。光は、どこにも届かなかった。窓はビジネスホテルにありがちな造りで、換気のために片側がほんの数センチ開くだけだ。その隙間から、硬貨を一枚落としてみた。ほんの数秒で硬貨は地面に達するはずだ。だが、どれだけ待っても、地面に落下する音は聞こえなかった。通りに出て、目についた他のホテルに飛び込み、一夜の宿を求める。私は、カーテンを全開にし、眼を閉じても瞼の上で移ろう光を感じながら、まんじりともできずに朝を迎えた。--------とうとう、「闇」がやって来た……
 私の父も、そして祖父も、ある日突然姿を消した。父が「失踪」したのは、私が六歳の頃の夏の夜だった。私は、失踪した父が残した日記帳を開いてみたことがある。父の日記の最後のページには、こう記されていた。-------もう、闇に抗うことはできない…… 今になって、ようやく父の書き遺した言葉の意味が理解できた。そして今更ながら気付く。私は、父が失踪した時と同じ年齢になっていることに。
 闇がやって来たからといって、仕事をおろそかにすることはできない。午後からは何件かの新規開拓をする。会社の入居しているビルのエレベーターに乗り込む。十二階でエレベーターを降りる。その時、不意に、私は振り向いた。エレベーターの開いた扉の中に、「闇」があった。
 喫茶店かどこかで一息つきたいところだが、地方都市ということもあり、適当な店が見つからなかった。学生に占拠されたハンバーガーショップに入る気にもなれず、仕方なく、自販機のコーヒーで我慢することにした。硬貨を入れて、ボタンを押し、取出し口に手を伸ばす。無造作に突っ込んだ手は、予想以上の深さまで入り込んだ。自販機を突き抜けて、下の地面まで達するほどの深さだ。それなのに私の手は、何ものにも遮られなかった。そこには、何の違和感もなかった。
 私は、「闇」の引き寄せる力に打ち勝つことができるのであろうか? -------そういえば…… たった一度だけ、父は、抱っこされて笑う私を、恐怖に歪んだ表情で投げ出したことがあった。私は妻に「闇」のことを話した。「大丈夫。もしあなたが闇の方に向かっていきそうになったら、私が無理やり引き戻すから」私が「闇」に抗い、生きる希望を持ち続けていられるのも、このどこまでも明るく私を支えてくれる妻がいてくれるからだ。そしてもう一人……。私はリビングで遊んでいた、私の人生の「光」を抱き上げた。妻のためにも、息子のためにも、私は「闇」ごときに取り込まれるわけにはいかないのだ。息子は、私の希望を一身に受けて、輝くような笑顔を見せた。無邪気に笑う息子の口の中に、「闇」がぽっかりと、文字通り「口を開けて」いた。

 最後に落ちがある短篇でした。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/