一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

北沢方邦の伊豆高原日記【49】

2008-12-04 10:14:00 | 伊豆高原日記

北沢方邦の伊豆高原日記【49】
Kitazawa, Masakuni  

 澄み切った空に木枯らしが吹く日は、伊豆高原名物の落ち葉吹雪が舞う。しかしこうした日は、あくまでも蒼い海に大島が浮かび、波打ち際に白く、波頭が寄せるのが肉眼でさえも見ることができる。わが家の雑木の枝々のあわいから、遠く霞む神津島も見えるようになった。裸となった柿の梢を越えて、庭の隅の山茶花の濃い緑の葉叢に、真紅の花々が着きはじめた。

紅衛兵世代の宇宙論 

 11月24日、NHK・FMで放送されたNHK交響楽団演奏会で、タン・ドゥン自身の指揮によって自作が演奏された。ベルリン・フィルハーモニー管絃楽団の委嘱による『マルコ・ポーロの四つの秘密の道(シークレット・ローズ)』と、ニューヨーク・フィルハーモニーの委嘱による『ピアノ協奏曲「火(ファイア)」』(ピアノ・小菅優)で、いずれも日本初演である。 

 タン・ドゥンは1957年生まれの中国を代表する作曲家であり、その前衛的でありながら説得力のある諸作品に、かなりまえから私も惹かれていた。 

 この数十年来の世界の作曲界の動向は、大げさな道具立てと精密な技法で大オーケストラを咆哮させるが、その饒舌によってなにを表現したいのか、まったく不明といった作品で占められていた。知の世界同様といっていい。とりわけフランスの知識人に多いのだが、同じく大げさな道具立てと緻密な概念操作で書き上げられた膨大な本が、じつは数十頁の平凡な言語で書きあらわせる、あるいは最悪の場合、ほとんどなにもいっていないにひとしい、という事態に似ている。 

 それに対して近年、人間にとって音楽は、基本的に、それぞれの種族の宇宙論の表現であるという原点に返り、それを新しい音楽言語で語ろうという、きわめて好ましい傾向が台頭してきた。「知と文明のフォーラム」でも、「世界音楽入門」と題するレクチャー・コンサートで西村朗氏の作品を取りあげ、また2009年にも新実徳英氏の作品を演奏する予定(4月25日セシオン杉並)であるが、彼らはわが国でこうした新しい動向を代表する実力者たちである。 

 タン・ドゥンの今回の作品も同様であるといってよい。事実『マルコ・ポーロ』は、中国や中東の輝かしい諸文明の姿を、西欧にはじめて紹介した13世紀の著名な旅行者の足跡をたどりながら、むしろ彼があじわったにちがいないその内面の衝撃を表現したものといえる。  

 東方への壮大な門が開かれるヴェネツィアからの出発、多様な楽器のヘテロフォニックな応答で掻きたてられる中東のバザールの繁栄と栄光、12人のチェロ奏者それぞれの自由なラーガ風の旋律のうねりがかもしだすインド的な瞑想、世界の都北京の家々の甍のうえに燦然ときらめく紫禁城の幻想的な出現……それはこの四楽章からなる雄大な作品であり、12人のチェロ奏者とオーケストラの協奏曲という手の込んだ編成を、縦横に駆使して聴衆を飽きさせることはない。 

 たしかにそれは、ある点で「描写的」である。だが増2度のアラブ風の旋律を使うといった通俗性に陥ることはまったくなく、あくまでも内面の風景と文明の香りを追いつづける。『展覧会の絵』のムソルグスキーや『ローマ』三部作のレスピーギを想起させるが、根本的な発想と様式は「中国的」としかいいようのないものである。 

 いつか、わが国にもなじみのある中国現代画家の王子江が、大作を描く様子を捉えたドキュメンタリーを見て驚嘆したことがある。下絵もなにもなく、いきなりカンヴァスに細い筆で線を描きはじめたが、それはやがてひとりの老人となり、そうやって次々と人物が増殖し、ついには大河に面する酒家の、百人にもわたる客たちの楽しげな饗宴となっていく。墨を主体に若干の色彩をまじえた伝統的な様式を踏まえてはいるが、全体のおもむきは現代的な細密画といえる。 

 タン・ドゥンの曲は逆であるかもしれない。つまり現代的な音の技法を駆使しているが、全体はきわめて中国的な様式となっているのだ。 

 『ピアノ協奏曲「火」』も同じである。ピアノという近代合理主義の極致である楽器を使いながら(彼がこの委嘱を最初断わろうとしたのも、ピアノの近代性に違和感をもったからだろう)、火と水、または陽と陰、西洋風にいえば男性と女性、という2極の宇宙論的な戯れが、はげしくリズム的な音塊とたおやかな旋律、という対照で表現される。それらが織り成す音の弁証法が、この曲の奥深い魅力といえよう。 

 とにかく、彼が指揮したバルトークの『舞踏組曲』とともに、堪能した2時間であった。



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