昨日は、会派「民主党・無所属クラブ」で、平成28年度県予算要望作業に関する打ち合わせを行ない、年明けまでの各議員の文責原稿の分担等を行ないました。平成27年度当初並びに中間期(9月補正)要望を参照しながら、継続するもの、省略するものの検討を行うと共に、各項目にエッセンスを注入し、より県民目線での要望とするよう確認しました。私の分担も、エネルギー政策をはじめ、森林、野生鳥獣等多岐にわたっておりますが、このほか、関東・東北豪雨災害の対応をする中寄せられた、支援基準に対する要望等も検討していきます。今後の作業ですが、1月中旬の作業並びに県当局による復活折衝の予算項目ヒアリング等を踏まえ、1月25日には県知事に提出出来るよう準備を進める計画です。年末年始の最中ではありますが、頑張って作業を進めて参ります。
クリスマスです。鹿沼市では、23日の観覧車のライトアップを例年通り実施しました。「恋空」という映画のメインスポットの場所。是非とも、全国的にも有名になる「恋人の聖地」の登録を目指していただきたいと思います。昨日は、南摩中学校東側の災害現場を伺いました。土地改良の排水が宅地内に流入してしまった事案です。この件につきましては、県や市と協議していきます。その一角に「LOVE、HAPPY」等のイルミネーションがありました。今年は、費用を増額し、規模拡大を図っているとのことです。1月11日まで行っているとのことですので、是非、ご覧ください。鹿沼市もさまざまなイルミネーションが街を彩っています。冬の風物詩、鹿沼のイルミネーション。私もこっそりと楽しんでいます。
今年もあと一週間になりました。今日もこの後、関東・東北豪雨災害で困っている西方町や鹿沼市の現場を訪れます。少しでも早く復旧になるよう、現場の状況を精一杯行政サイドに届けていきます。皆さんのお近くの現場でも、何かお困りの件ありましたら、ご一報ください。さて、昨日は後援会の定期総会が行われ、2015年事業報告や2016年事業計画が審議され、決定しました。来年も重要な選挙の年。私の後援会の皆さんは、役員を中心に力強い激励を発していただきました。「鹿沼市民のための政治を」とても印象的でした。地方政治には不可欠な感覚だと思います。来年は、先にも述べたように関東・東北豪雨災害からの復興を進める一年になることと思います。鹿沼市民の皆様のお力もお借りして、精一杯働いていきたいと思います。
今回の判決は、今後の公共施設の維持管理に対しても大きな教訓となった気がします。9月の関東・東北豪雨災害を受けて、各地の公共施設が崩壊しました。こうした施設の長寿命化は急務であり、県ではアセットマネジメント計画を、各施設種別毎に策定しています。大切な命が犠牲になった事故にまつわる今回の裁判を教訓に、益々メンテナンスのガイドラインの厳格化が図られることを求めます。そして、そのための執行体制や予算の必要性を認識しながら、必要な要望を県にしていきたいと考えています。以下笹子トンネルのネット記事の抜粋を掲載します。
<ネット記事(抜粋)>
中日本高速道路(名古屋市)側の過失を認めた22日の笹子トンネル天井板崩落事故訴訟判決。松本玲さん=当時(28)、兵庫県芦屋市出身=を亡くした父邦夫さん(64)は「分厚い判決文を娘の遺影に供えたい」と評価した。だが、家族を失った痛みは癒えず、母和代さん(64)は「娘の声は聞かれない。メールも来ない。遺族は死ぬまで遺族」と涙ぐんだ。
22日午後1時半すぎの横浜地裁。原告席の遺族10人は、緊張した面持ちで判決を待っていた。市村弘裁判長が「適切な点検実施計画を設定すべき注意義務を怠り、目視のみという方法を採用した過失があった」と判決理由を読み上げると、驚いた表情で顔を見合わせ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「天井板崩落は予見できた」「適切な点検で事故は回避できた」。裁判長の言葉一つ一つに、ガッツポーズをしたり、大きくうなずいたりしながら、判決に聞き入った。
閉廷後、遺族5人が記者会見。邦夫さんは「判決にはびっくりした。同じような事故の裁判で原告に有利な判決は少ない。期待はあまりしていなかった」と打ち明けた。
和代さんととともに結審まで15回に上った口頭弁論にほぼ出席。芦屋市の自宅から横浜地裁に通い続けた。これまでの裁判で会社側は「検査しても事故は予見できなかった」と一貫して過失を否定してきた。
娘のペンダントを着けて判決を迎えた和代さんは「私たち一般市民と、安全管理のプロであるはずの会社の感覚に大きな違いがあることを知り、痛めつけられた裁判だった。でも、きょうの判決には感謝の気持ちでいっぱい」と語った。
事故後、夫妻は日本の刑法では企業の刑事責任を問えないことを知り、尼崎JR脱線事故の遺族らと組織罰を考える勉強会にも参加してきた。邦夫さんは「日本での組織罰に道を開いた歴史的な判決」と力を込めた。
<ネット記事(抜粋)>
中日本高速道路(名古屋市)側の過失を認めた22日の笹子トンネル天井板崩落事故訴訟判決。松本玲さん=当時(28)、兵庫県芦屋市出身=を亡くした父邦夫さん(64)は「分厚い判決文を娘の遺影に供えたい」と評価した。だが、家族を失った痛みは癒えず、母和代さん(64)は「娘の声は聞かれない。メールも来ない。遺族は死ぬまで遺族」と涙ぐんだ。
22日午後1時半すぎの横浜地裁。原告席の遺族10人は、緊張した面持ちで判決を待っていた。市村弘裁判長が「適切な点検実施計画を設定すべき注意義務を怠り、目視のみという方法を採用した過失があった」と判決理由を読み上げると、驚いた表情で顔を見合わせ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「天井板崩落は予見できた」「適切な点検で事故は回避できた」。裁判長の言葉一つ一つに、ガッツポーズをしたり、大きくうなずいたりしながら、判決に聞き入った。
閉廷後、遺族5人が記者会見。邦夫さんは「判決にはびっくりした。同じような事故の裁判で原告に有利な判決は少ない。期待はあまりしていなかった」と打ち明けた。
和代さんととともに結審まで15回に上った口頭弁論にほぼ出席。芦屋市の自宅から横浜地裁に通い続けた。これまでの裁判で会社側は「検査しても事故は予見できなかった」と一貫して過失を否定してきた。
娘のペンダントを着けて判決を迎えた和代さんは「私たち一般市民と、安全管理のプロであるはずの会社の感覚に大きな違いがあることを知り、痛めつけられた裁判だった。でも、きょうの判決には感謝の気持ちでいっぱい」と語った。
事故後、夫妻は日本の刑法では企業の刑事責任を問えないことを知り、尼崎JR脱線事故の遺族らと組織罰を考える勉強会にも参加してきた。邦夫さんは「日本での組織罰に道を開いた歴史的な判決」と力を込めた。
昨日、午前8時より、大門宿交差点におきまして、第98回かぬまマンデーレポートを開催しました。私からは、県議会の報告として災害関連の補正予算の金額や内容について、地方創生について、更には、東洋大学の講演について報告をしました。特に、東洋大学の皆さんとは、地方創生をテーマに意見交換を行ないました。横浜市の学生からは、横浜開国の文化はクローズアップされているが、和の文化がなかなかクローザップされない、地元学の見地から、洗い流さなければならないと主張していました。