・・・ それぞれの卒業式 ・・・
春が始まる3月がなぜか淋しい。卒業式のせいかもしれない。永田和宏は『人生の節目で読んでほしい短歌』に、入学式と同様それぞれの区切りをつける大切な儀式として
卒業式の歌をいろいろ取り上げている。その中から4人の女性の歌を抄出する。
✿ 卒業を見送り続けついに我がこととなりゆく陽は三月へ 永田 紅
永田紅は、永田和宏の長女である。大学、大学院と合わせて9年も同じキャンパスで過ごした。学部は農学部だが、父と同じ細胞生物学の分野で研究をしている。大学院の院生たちは次々に社会へ巣立つ。その下級生たちを身近に見てきた。卒業がついに我がことになる。三月の陽ざしがより明るく、より暖かく彼女を包む。
✿ 退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都 栗木京子
卒業は学業を卒えることだが、学生時代に過ごした町を去ることでもあると永田和宏は
この章で栗木京子の歌を取り上げている。青春の真っただ中の栗木京子の「退屈を愛した日々」が大学時代とは。なんともゼイタクな青春だ。結句の「さらば京都」に哀愁が漂う。
✿ 卒業式いたづらほどの髭生やしそれぞれの人生のまへに並ぶも 米川千嘉子
「いたずらほどの髭」 を生やした卒業式の息子、それを見ている母親。それぞれの今後の時間を背負った若者の列。歌人としての米川千嘉子の眼差しが冴えている。母親として
の期待と不安も伝わってくる1首である。
✿ さんがつのさんさんさびしき陽をあつめ卒業してゆく生徒の背中 俵 万智
卒業式を詠ったこの1首は、ほかの卒業式の歌とはずいぶん趣が異なり、その明るさが特徴でしょう。「さんがつのさんさんさびしき陽をあつめ」と言われれば、「さびしき」はずの陽もどこかはなやぐし、「卒業してゆく生徒の背中」はもちろん寂しげな様子はなく、空豆がはじけていくような軽やかささえ感じられます。と、永田の解説も明るい。
卒業式の後には入学式、ことしの関東の桜の満開は4月上旬らしいので、さくらの花が
入学式を飾ってくれますように。 3月21日 松井多絵子