こんばんわ。
生誕120年没後60年という区切りの年に、港の見える丘公園の神奈川近代文学館(カナブン)で小津安二郎展が開かれている。たしか60歳の誕生日にお亡くなりになっている。えらい人は死ぬ日まで自分で決めるのだろうか。西行法師も”願わくは 花の下にて 春死なん その如月の望月のころ”にとその通りに世を去った。
さて展示室ロビーに入ると、いきなり、小津映画によく出てくるような飲み屋街のパネルが目に。ここだけが、写真撮影可能で、それも、小津監督のロー・ポジションで撮るように勧められる(笑)。これがこの写真。説明では、”燕来軒”は老いた元教師(東野栄次郎)とその娘(杉村春子)が営むうらぶれたラーメン屋だそうだ。
そして、そこの大型ディスプレイでは『彼岸花』『お早よう』『秋日和』『秋刀魚の味』の予告編が次々と流れていて、次第に小津ワールドに引き込まれる。はじめてのカラー作品である”彼岸花”では小津好みの赤がふんだんに出てくるが、有名な赤いやかんも展示室でも見ることができる。ここでは、ポスターの写真のみを。
彼岸花(1958年)小津安二郎が鎌倉文人で親交のあった里見弴に映画用に小説を書いてもらった。
秋刀魚の味(1962)小津作品の遺作で岩下志麻主演。父親が笠智衆で兄役が佐田啓二。家事の一切を娘に頼っている父親。やはり妻を亡くした恩師が娘に頼り切り、嫁にいきそびれた杉村春子の姿をみて、娘の縁談を真剣に考えるようになる。
お早よう(1959年)郊外の新興住宅地を舞台に元気な子供たちにふりまわされる大人たちをコメディタッチで描く。
秋日和(1960)これも里見弴の原作をシナリオ化。原節子は母親役。
このホールですっかり小津好みに染まり(笑)、展示室に入る。まず、”世界のOZU”コーナー”。
2012年、世界の映画監督の選ぶ史上最高の映画ベスト10(英国の映画誌「Sight & Sound」)で、小津監督の”東京物語”が第1位に輝く。そのときの雑誌も展示されている。因みに、2位以下、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』、オーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』、フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』、マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』とつづく。
海外でも評価が高い小津作品は海外でも上映され、そのポスターがずらりと展示されている。撮影禁止なのが残念。これが小津作品?と戸惑うほどのデザインがとても面白い。
小津は東京の深川で生まれ、育つが、10歳の頃、父親の故郷、伊勢の松坂に移る。少年時代から映画館にはよく通った。志望校には落ち、代用教員をしていた。松坂時代の小津少年が描いた地図や、青年期の写真や手紙などの資料が展示されている。
20歳のとき、深川に戻り、念願の松竹キネマ蒲田撮影所入所。ここでの、監督デビュー作の”懺悔の刃”やそのあとのナンセンス喜劇などの作品の資料や監督用台本、映画館ニュースなどが展示されている。そして、いよいよ大船撮影所時代に。戦中・戦後の代表作の創作過程がわかる絵コンテや監督用台本なども展示されている。
小津安二郎の代表作であり、原節子主演の”紀子三部作”、東京物語、晩春、麦秋のコーナーももちろんある。何度も見ている映画なので、細かいことは書かず(笑)、ポスターとスチール写真を載せるだけでお茶を濁そう。原節子も最高です!(笑)。
晩春(1949年)脚本は小津安二郎と野田高梧と共同執筆である(それ以降の作品も二人で茅ヶ崎館に籠って書いた)。広津和朗の短編小説”父と娘”が原作で、娘の結婚というテーマを北鎌倉を舞台に日本の伝統的なの情景(能や茶の湯)の中で描いた。小津調と呼ばれる独自の作風がここからはじまる。
麦秋(1951年)北鎌倉を舞台に、婚期の遅れた28才の、丸の内の会社に秘書として勤める原節子。兄(笠智衆 )、兄嫁(三宅邦子)、父(菅井一郎 )、母(東山千栄子 )そして兄夫婦の2人の小学校低学年の二人の子供と一緒に暮らしている。近所の妻を亡くした子持ちの貧乏医学者(二本柳寛 )、彼の母(杉村春子)、そして、友人(淡島千景)、上司(佐野周二)もこの物語に関わる。
東京物語(1953)上京した年老いた両親とその家族たちの姿を通して、家族の絆、親と子、老いと死、人間の一生など普遍的問題に冷徹な視線で描いた作品と評価されている。原節子は戦死した息子の嫁の役で両親に一番やさしく対応する。
この三部作の間につくられた大佛次郎原作”宗方姉妹”(1950)も大ヒットした。隣りの大佛次郎文学館ではこのコーナーがあり、撮影可能なので、そのスチール写真を載せておこう。高峰秀子と田中絹代が主演。この写真の小津監督の白いピケ帽はカナブンで展示されている。
小津安二郎の名言も展示室のあちこちで見られるが、二、三紹介しておこう。
どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う。
私は豆腐屋のような映画監督なのだから、トンカツを作れといわれても無理で、せいぜいガンモドキぐらいだよ
映画はエンドマークが出てから始まる
・・・・・
小津安二郎展は、4月中旬、つつじが咲いている頃に見に行った。まだ港の見える丘公園の薔薇はつぼみだった。
あれから半月ほど、今日(5月5日)、港の見える丘公園へ行ってきた。薔薇はもう満開だった!
イギリス館と薔薇
では、おやすみなさい。
いい夢を。
桜みちの川でカルガモ親子、今年、初見。子ガモが2羽しかいない。早くも災難に遭ったか。通常、初見は5~8羽。ただの行方不明であってほしいが。
偶然ですが、YouTubeで観ました。
役者の人物像は好みもあるかと。
杉村春子さんに眼が離せませんでした。
にごりえを観ていたからですが、本物の舞台でお見掛けしていたら、感動に震えていたでしょう。
花岡青洲の妻。
原節子さんは、遠い存在です。
田中裕子さんや黒木瞳さんの時代です。
最高のページですね、保存版です(笑)
最初にお断りしますが、私はアンチ大谷でなないですよ!(爆)
marboさんが大相撲といっしょで大谷ファンでブログにも取り上げられて嬉しかったものです。
ところがNHKは毎日BSで放送するくらい力をいれているのはよく分かります。
かつエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムには
どうもNHKは中継車も持ち込んでスタッフが数人常駐しているんですかね?
私が白けているのは今、どのワイドショーも大谷三昧なのと、たくさんの芸能人他もBSプレミアムを見はじめているでしょう。
NHKが大谷を報じるのは不思議ではないのですが、ダルビッシュほかの選手のゲームも少なくてもいいのでまんべんなく放送してしかるべきではないこと思うわけです(笑)
お断りはそのくらいにして・・・。
>西行法師も”願わくは 花の下にて 春死なん その如月の望月のころ”にとその通りに世を去った。
そうなんですか!
私は偉くはないですが、そろそろどの花の下で死ぬかを決める年齢なんでしょうかね?痴呆症やよいよい?になって皆に迷惑かけるのもいやですし・・・。
>それも、小津監督のロー・ポジションで撮るように勧められる(笑)。
いいこと聞きました!
>東野栄次郎とその娘杉村春子が営むうらぶれたラーメン屋
これ観なくてはいけませんね。
>『彼岸花』『お早よう』『秋日和』『秋刀魚の味』の予告編が次々と流れていて、次第に小津ワールドに引き込まれる。
最高ですね。
>お早よう(1959年)郊外の新興住宅地を舞台に元気な子供たちにふりまわされる大人たちをコメディタッチで描く。
ややっ、これも観たいです。
>秋日和(1960)これも里見弴の原作をシナリオ化。原節子は母親役。
これも知りません。
>史上最高の映画ベスト10(英国の映画誌「Sight & Sound」)で、小津監督の”東京物語”が第1位に輝く。
ほんとうなんですか!!!
『2001年宇宙の旅』『市民ケーン』『タクシードライバー』を従えて・・・。
知りませんでしたね~。
>10歳の頃、父親の故郷、伊勢の松坂に移る。少年時代から映画館にはよく通った。志望校には落ち、代用教員をしていた。松坂時代の小津少年が描いた地図や、青年期の写真や手紙などの資料が展示されている。
興味津々です。
小津監督のプライベートのことも全く知りませんので。
うわっ8時7分だ、家内の運転手しなければいけませんのでまた訪問させていただきます。
有難うございました。
原節子はぼくの母世代ですが、ぼくの中では永遠の聖女ですね(笑)。現代の女優さんはほどほどの人ばかりのような気がします。すみません(笑)。
小津作品は鎌倉に越してきてから、見る機会が多くなり、すっかりファンになりました。ここに紹介した作品はほとんどスクリーンで見ています。監督初期にナンセンス喜劇もやっていたようですが、ご自分でも喜劇は好きだったようですね。これらが、のちに同じ松竹の寅さんシリーズに通じたという説もあるようです。
そろそろ、大谷が始まりますので、これで失礼します。
いろいろと、ありがとうございました。