(英語版)
(アラビア語版)
2022年4月
Part I:「イスラエル、イラン核施設を空爆す」
14. 「国境の南」作戦(1)
月曜日の早暁。ハファル・アル・バテン基地の誘導灯は終夜煌々と滑走路を照らし、格納庫もオフィスも兵士が慌ただしく動き回っている。司令官のトルキ王子はまんじりともしない一夜を過ごしたが、高ぶった気持ちに頭は冴えわたっていた。
基地のモスクのミナレット(尖塔)から夜明けの祈りを促すアザーンの声が流れる。いつもはモスクの中で礼拝するのだが、今日は兵舎の外の砂漠に体一つ分の絨毯を敷き南のメッカの方向に向かって祈りを捧げた。清冽な空気が辺りを支配し、東の空が白み地平線に太陽が顔をのぞかせた。何百年も前から砂漠の民ベドウィンが目にしてきた神々しい風景だ。コーランの一節を唱え、何度か膝を屈して地上にひれ伏した。アラーへの感謝の気持ちが体中にみなぎる。
祈りを終えると王子は軍服についた砂を払い落し、メッカとは反対の北の空を仰いだ。そろそろイスラエルの戦闘機が通過する時刻だ。彼らがこの辺りを通過するときはこの基地を避けてイラク深くを飛行すると聞かされていた。だから機影を見ることは無理かもしれない。しかしジェット音は聞き逃さない。過酷な砂漠に生きるベドウィンは遥か遠く砂丘の稜線に動く人影、或いは遥か遠くで砂丘を踏みしめるラクダの足音を感知する目と耳を持っている。
今や王族の大半は都会暮らしであるが、それでも砂漠に戻ればベドウィンの視力と聴力は他の追随を許さない。それは王子が飼っている鷹と同じ程の能力なのである。と言うよりベドウィンを「砂漠の鷹」と呼んだ方が相応しいのかもしれない。
王子の耳に遠くで唸るような音が聞こえた。普通の人間なら幻聴と片付けるほどのかすかな爆音であるが、彼はジェット戦闘機の音だと確信した。傍にいる部下たちも聞き逃さなかった。その時間帯はベイルートからドバイに向かう定期便が上空を通過する時間であったが、王子と彼の部下は戦闘機と民間ジェット機の音の違いを聞きわけることができる。
王子は腕時計で時間を確かめた。いよいよ「国境の南」作戦に入る時が来たようだ。王子と部下の上官たちは足早に司令官室に向かった。
(続く)
荒葉一也