2日、限界集落を訪ねるのが好きなご仁のお供で、
安芸太田町平見谷方面へ出かけた。
「平見谷」がそういう場所かどうか、私は知らないのだが、
集落の案内看板の絵地図で、
多分家の名前が書かれていたのかもと思われるものがあって、
そこが白く塗りつぶされているから、そんな場所のようにも思える。
数軒の家は建屋だけで今は無人なのであろう。
私にはそのことよりも以前訪れた場所の記憶があいまいで
気がかりだった場所北広島町「大暮」が、
今いるところよりさほど遠くない気がして、
関心はそちらに向き、ハンドルもその方向に切っていた。
記憶は確かで頭の隅っこに残っているイメージの場所は、
やはり、「大暮」への入り口あたりに間違いなかった。
確認の為、雪の日訪ねて、そう昔ここまで来たことがあるの。と、
一緒してくれた人に言えなかったのは、
印象に残っている建物(それは、2階建ての小学校で、今は廃校になっている)を
挟んだ裏表の道違いで、その場所にたどり着いいてはいたのだ。
納得出来たから、お連れのご仁を促して、
その場所から更に奥に在る「大暮養魚場」を目指してすすんでみた。
養魚場は今日からの連休をあてにして準備に余念がない感じであったが、
釣り人の人影はみえない。
拍子抜けしてすぐ帰途につくが、そばに高炉を見つけ、そこにまわる。
そこは昔盛んだった「たたら」のあった場所らしく、画像の高炉と石垣が残っていた。
詳しくは看板の説明参照。
これで北広島町「大暮」地域の制覇が出来たのかどうかはわからないが、
ひとまず、気がかりは解消している。
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