ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

名も知らぬ駅に来ませんか -20-

2022年01月26日 | 「名も知らぬ駅」に来ませんか
さて、前回のー19ーに引き続き、5人連れ老人(失礼)の学生時代の思い出話、その第二弾です。
今回の話し手は春山さん。
飲むのはいつものように、スコッチの雄「ボウモア12年シングルモルト」をロックでちびちびと飲みながらの語りです。
ボウモアは、スコットランドのアイラ島にあるボウモア蒸留所で作られている。
海のシングルモルトというキャッチフレーズで世に出ているスモーキーなウイスキーである。


スコッチのシングルモルトでは平均的なお値段です

春山さんが右隣の方を向き、
「坂崎、ミカン畑の話、覚えているか?」
と問うと、声を掛けられた右隣の坂崎さんが、
「覚えておらいでか!」
と、にやっと笑って答えた。

では春山さんの話  ーピンハネわらしべ長者(私が名付けさせていただきました)ー
前回同様敬称略で。

その時「創志寮」の居間で窓を開け放って寛いでいたのは、春山と坂崎、それに同居の後輩の吉永の三人だった。
開け放った窓の外を眺めていた吉永が、
「春山先輩!向こうのミカン畑を見てください!」
と、谷を挟んだ反対側の丘陵にあるミカン畑を指さした。

「創志寮」は大学の農学部実習所のそばにあった。
二つの丘陵に挟まれた浅い谷の部分には実習用の畑があり、
一方の丘は実習用のミカン畑、反対側の丘に創志寮という配置だ。
以上のような地形なので、創志寮の居間からは実習用のミカン畑が障害が何もない状態で見通せた。

吉永が指さしたミカン畑を見ると、2人の若者がミカンをちぎっている。
しきりに辺りを見回す様子がどうも怪しい。
それに今日は日曜日で、農学部の実習は休みのはずである。
人がいるはずもなく、ましてミカンを収穫するなんてあり得ない。

「坂崎、行こうや」
すっくと立った春山が坂崎に声を掛け、
「よっしゃ」
坂崎は即座に反応して立ち上がる。
何のことかと怪訝な顔で二人を見上げる吉永に、春山が
「なにぼーっとしとるんや。お前も行くぞ」
と言って、三人揃って取り付け道路に出た。

春山を先頭に、ミカン畑の木立に隠れるようにそっと若者2人の背後に近寄り、
「君たち、何をしよるんな」
がたいがよく、かつ強面の坂崎が低い声で声を掛けると、
高校生と思える2人はビクッとした動作で、「アッ!」と声を出して振り向いた。
「僕たちは大学農学部の学生やけど、このミカン畑が農学部の所有と知ってるのかな?」
丁寧だけどドスの利いた声で、堂々と身分詐称(坂崎は法学部)をした坂崎は、
「もしかして、君たちはミカンドロボーかな?」
と続けるや、2人の高校生はすっかり恐れ入って、
「済みません、済みません」
と言って、ちぎったミカンが入ったレジ袋を坂崎に差し出した。
「そうか、今回だけは見逃してあげるけど、ミカンであっても無断で盗ってはいけないよ」
坂崎はその袋を受け取り、いかにも鷹揚な先輩という態度で2人を解放した。
春山と吉永は吹き出しそうになって、その寸劇から顔を背けていた。

「春山、ということでここにミカンが残ったが、どうする?」
坂崎が創志寮に向かいながら春山に問いかけた。
「農場は休みだから、事務所に行っても誰もいないし、届けようもないな。捨てるわけにもいかんし、腐っても粗末になるしなぁ」
思案していた春山が
「俺たちで食うしかないか」
と言うと、坂崎が
「もしかしてお前、最初からそのつもりだったんじゃないのか」
呆気にとられたように春山の顔を見た。

創志寮の居間に腰を下ろした春山はしばらく経って二人に向かって、
「いい考えがある。今から出かけるぞ」
早くも立ち上がろうとしている。
「何処に行くんだ。もう昼になるぞ」
坂崎の問に、
「増本先輩の家で昼飯を御馳走になろう」
春山が答えて、
「そんな厚かましいことはできんぞ。いくら先輩でも約束もなく昼飯なんて」
坂崎が呆れて春山を諫めた。
「な~ん、大丈夫さ。このミカンを手土産にすれば遠慮は要らんよ」
春山は堪えた様子もなく言った。

「おまえなぁ、ミカンドロボーの上前をはねた上に、それを使って昼飯に預かろうって言うのか」
坂崎はますます呆れた顔になった。
その二人の掛け合いを見て吉永はクスクス笑っている。
「俺たちビンボー学生はそうでもしなきゃ美味い飯にはありつけんだろ。増本さんは社会人だから大丈夫さ。それに今日は日曜日だから妹の沙紀ちゃんもいるはずだ。坂崎の憧れの沙紀ちゃんが手料理作ってくれるかもな」
春山の殺し文句に仕方なくといった風に立ち上がった坂崎は、
「吉永!お前も行くぞ」
と後輩に声を掛けた後、
「しかし春山、このミカンのことを先輩にどう説明するんだ。ドロボーの上前をはねたなんて、沙紀ちゃんのいる所じゃとても言えんぞ」
坂崎が春山に言うと、
「フフッ、悩ましいな坂崎。悩まぬ豚より悩めるソクラテスになれって、スチュアート=ミルも言っているしな、悩め悩め。サカザキ=ソクラテスよ」
春山が揶揄うようにサカザキに言った。
「バカにしやがって、もうやけくそだ、昼飯、昼飯、沙紀ちゃんだあ」
坂崎は訳の分からないことを言って先頭に立った。

吉永は、「悩めるソクラテス」はちょっと使い方間違っているんだがなぁ、と関係ないことを考えながら先輩達の後をついて行った。

その三人が昼飯にありついたかって?
いやいや、それより沙紀ちゃんの方が気になるですって。
もちろん私は聞いておりますよ。
お知りになりたいなら、名も知らぬ駅においでください。こっそりお教えします。


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