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現代語訳 武士道 

2012年08月11日 21時26分58秒 | 文化

新渡戸 稲造氏の著書。

新渡戸 稲造氏は1862年南部武士の子として生まれる。 札幌農学校(現在の北海道大学)に学び、その後アメリカ、ドイツで農政学等を研究。1899年アメリカで静養中に「武士道」を執筆。帰国後、第一高等学校校長などを歴任。1920年から26年まで国際連盟事務局長を務め、国際平和に尽力。
辞任後は貴族院議員などを務め、33年逝去。他の著書に「修養」「東西相触れて」などがある。

本書を現代語訳に訳した訳者は 山本 博文氏。 氏は1957年生まれ。東京大学院情報学環教授。専門は江戸時代の政治外交史研究および武士研究。著書に「江戸お留守守居やくの日記」(第40回日本エッセイストクラブ賞受賞)、「切腹」「江戸に学ぶ日本のかたち」など多数。

以前「要約版」を読んで投稿してゐるが http://blog.goo.ne.jp/liebe-kdino-schumi/e/95a2cb321012f4bbf323236644496ac3
今回、さらに新しく完訳が出てゐることがわかつたので、拝読した。

ダイジェストと違ひ、新渡戸氏の執筆の構成の上手さ、博識、かなりの頭脳の高さを実感してゐる。

「サムライの道」といふ異国人に全く未知な世界を紹介するにあたり、かなり上手い。一つを説明すると次の章にすんなりとつながる。

しかも例が聖書やシエイクスピアの小説や西洋になじみのあるものを引用してゐるので西洋人にもわかりやすいだらう。

新渡戸 稲造氏ッて、すごい人だつたんだな・・・と思つてゐる。

また、「武士道」は武士の教へであり他の人(農民、商人他)には直接教へられるものではなかつたが、「物語」として武士の武勇伝が語られその武士の精神論、つまり武士道が知れ渡り日本人の教へとなつていつた等様々な逸話があり読んでゐて楽しい。

紹介されてゐた文献で江戸時代にすでに本として出てゐた「古典」の現代語訳を読んでみやうかと言ふ気持ちになつた。

出だしが、かなりいい。 
「武士道 Chivalry は、日本の標章(しるし)である桜の花にまさるとも劣らない、わが国土に根ざした花である。それはわれわれの歴史の植物標本箱に保存される干からびた古い美徳ではない。私たちの間にあってそれは、いまだに力と美を持つ生きた存在である。そしてそれは、なんら実体的な形をもたないが、道徳的雰囲気の香りを漂わせ、私たちがなおその魅力のもとに置かれていることを気づかせてくれる」 (P17)

武士道の目次 :

第一章  道徳体系としての武士道
第二章  武士道の源泉
第三章  義 - あるいは正義について
第四章  勇気 - 勇敢と忍耐の精神
第五章  仁 - 惻隠の心
第六章  礼
第七章  信と誠
第八章  名誉
第九章  忠義
第十章  武士の教育
第十一章 克己
第十二章 切腹と敵討の制度
第十三章 刀、武士の魂
第十四章 女性の教育と地位
第十五章 武士道の影響
第十六章 武士道はまだ生きているか
第十七章 武士道の未来

「本書が書かれた1899年は日本が四年前に日清戦争に勝利し、ようやく世界の先進国の仲間入りをしようとしていた時期である。当時ヨーロッパ人にとっての日本人は好戦的で野蛮な国民であつた」(P199, 山本氏の解説より)

さうした環境の中で米国人を妻に、その妻や他の人から日本についてあれこれ尋ねられてゐるうちにきつと新渡戸氏は「武士」および「日本」について理解と理解を深める上での知識量が圧倒的に不足してゐることを実感し、それゆへなにやらの誤解等が起きてゐることを実感したのであらう。

今でさえ、日本でベツトで寝てゐると知らない白豚はゐる。テイブルも使はず、江戸時代の部屋の様相をしてゐると信じてゐる人達がゐる。 新渡戸氏の時代はそれ以上の「無理解、無知と偏見」があつたのであらう。

本書では、新渡戸氏がいかに「日本」「武士」を知つてもらはうと尽力を尽くしてゐるかよくわかるし、また現代に於いて本書を読むことは日本の「隠れた歴史の一部分」を知ることとなり、大変貴重な文献である。

武士といふのは、大小を刺し人を斬ることが可能であるが斬つたら自分も切腹しなければならない。命がけで斬るのである。戦国時代に於いては死ぬことは特別なことではなく、名誉のことであつた。 そのやうな時代に於いて、武家の男子を躾ける母親の厳しさがすごいし、人間精神が立つには厳しさを乗り越へる必要があるのだらう、と実感した。

新渡戸氏は本居頼長の和歌を引用してゐるが、これがまたいい。

「敷島の大和心を人問はば
朝日に匂ふ山桜花  (大和心とは何かと人が尋ねたら、朝日に照り映える山桜の花だと答へやう) 

そう、桜は昔からわが国民が愛する花であり、わが国民性の象徴であつた。特にこの歌人が用いた「朝日に匂ふ山桜花」という語に注意されたい。大和魂は、弱い栽培植物ではなく、自生の野生植物である。大和魂は、日本の国土に固有のものである。その性質は他の国の花と共通のところもあろうが、その本質はあくまでわが風土に固有な原生・自生の植物である。

ヨーロッパ人がバラをほめたたえる気持ちを私達は共有できない。バラは桜の単純さに欠けている。またバラが甘美さの下にとげを隠していること、生に強く執着し時ならず散るよりはむしろ茎の上で朽ちることを選び、まるで死を嫌いおそれているようであること、派手な色、濃厚な香り - これらすべては桜と著しく違う性質である。

わが桜花は、その美の下に刃も毒も隠しておらず、自然が呼ぶときにいつでも生を捨てる準備ができている。その色は華美ではなく、その香りは淡く、人を飽きさせない。色彩と形状の美しさは外観に限られる。色彩と形状は固定した性質である。これに対し香りはうつろいやすく、生命の生きのように天上にのぼる。 (P172-173)

次章に吉田松陰の処刑前夜の歌がある。

「武士道は無意識のうちに抗しがたい力となり、国民そして各個人を動かしてきた。近代日本のもつとも輝かしい先駆者のひとりである吉田松陰が、処刑の前夜に詠んだ次の歌は、日本民族の偽らざる告白であつた。

かくすればかくなるものと知りながら 
やむにやまれぬ 大和魂  (こう行動すれば、死ぬことになることを知っていながら、私をその行動に駆り立てたのは大和魂である) 」(P177-178)

第十四章 女性の教育と地位 とそれ以下に散見される武家での女性の役割、位置づけも「封建制」と言はれる中での女性の地位が明確になり、重要だ。 「福島みずほ」「田嶋陽子」らは、これを読んでも正しく理解できず、封建制は女性差別だとホザくであらうが、武士の世の中に「女性の役割」がきちんと果たされてゐなければ、「武士道」は続かなかつたと思ふし、武士が生き延びることがなかつたのではないかと思ふ。

新渡戸氏も説明されてゐるが、女性(妻と母)は「武士道」を子供に継承するのに「内助の功」として大変貢献してゐるのである。目立ちたい左翼のおばさんには理解不能だらうが、「陰ながら貢献する、自己犠牲」を武士道は決して軽んじてはゐない。

他にも日本人が知るべきことがたくさん書いてある。

一読をおすすめしたい。



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