相模湾の海に来ている。
中川一政が描いた絵の舞台を見たいと思った。
波穏やかな日ではあったが
外海だけに岩場に打ち寄せる波はやはり荒々しい。
絵の「舞台」は忘れ去られたような小さな漁港だった。
真鶴半島の根もと、美術館とはちょうど反対側にある福浦港だ。
船だまりには数隻の漁船が係留され
港に続く山の斜面には無数の民家がへばりつくように建っている。
私は海べりの育ちではないが、こういう漁村の風景を見ると
無性に懐かしさを覚えてしまう。
画家が絵を描いたのはこの岸壁だった。
自ら「世界一広いアトリエだ!」と自慢したように野外で描くのが常だった。
来る日も来る日もこの岸壁の上にイーゼルを立て
目の前の風景と対峙し続けた。
中川一政作「福浦突堤」。
ゴッホを思わせる大胆なデフォルメと色彩、無骨で荒々しい筆致。
まさに生きて呼吸しているような風景画である。
中川は実に20年にもわたってこの岸壁に通い続けた。
描いた福浦風景は数多く、画家の生涯にわたるモチーフであった。
一口に20年と言うが、途方もない年月である。
画家はこの風景に何を見ようとしていたのか・・・
時とともに福浦の景観も少なからず変わってしまった。
しかし、中川を魅了した漁村の鄙びた「たたずまい」は今も残っている。
この風景のどこに画家は魂を揺さぶられたのだろうか。
凡人はただただ眺めるだけである。
一つの風景を20年以上も描き続けるエネルギーとは
いったいどのようなものだろうか・・・
岸壁の上には小さな赤い灯台が建ている。
来る日も来る日も岸壁の上に立ちつくす画家の姿を
地元の漁師たちは「まるで杭が立っているようだった・・」と表現している。
いつの間にか風景と「同化」していたのだ。
岸壁の上には何人もの釣り人の姿があった。
キスが面白いように釣れていた。
岩にくだける波を見ていると
まさに中川一政のようだなあ・・・と思う。
力強く、荒々しく、熱情の赴くまま97歳の高齢まで絵筆を持ち続けた画家。
「風景を見たままではなく、思うままに描きたい」が口癖だった。
岬の突端に「野はぼたん」という花が咲いていた。
吹き抜ける風は12月とは思えぬ温かさでちょっと汗ばむほどだった。
画家が愛した海を、心ゆくまで堪能した一日だった。