蒲田耕二の発言

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『コンプリシティ/優しい共犯』

2022-08-01 | 映画
こう暑くちゃ、出かける気にもならない。大体、BA.5とやらの大流行で、暑くなくとも出られない。

で、家でエアコンをガンガン掛けてストリーミングの映画ばかり観ているが、どういうわけか、自宅で観る映画って退屈なんだよね。日常を引きずっているせいか。

それでもまれに、半年に1本くらいの割で目の覚めるような秀作に出会うことがある。テレビで観ようがソファーに寝転がって観ようが、あらゆる環境条件を超越して観るものを捉える力を持つ映画がたまにある、ということだ。

それが、この日中合作映画。日本に出稼ぎに来た中国人青年と、老いたソバ職人との交流を描いている。2年前に公開されたらしいが、当時どう評価されたのか、ネットを漁ってもアマチュアの投稿と宣伝しか出てこない。大手の配給ではないので、職業的批評家には黙殺されたのかもしれない。

青年は劣悪な環境の最初の職場を逃げ出して他人になりすましており、正体がバレないかと常におびえている。老職人は妻に先立たれ、息子からは店をたたむように求められている。孤立した二つの魂が、自然と互いを惹き寄せる。

アクションらしいアクションがあるのは、青年がガス給湯器を盗む冒頭のシーンだけ。技能実習制度という事実上の奴隷制度の不合理にも触れているが、その闇を深掘りするわけではない。不法滞在者を追う警察と中国人青年の追いかけっこが描かれるわけでもない。

そうした通俗的サスペンス要素は、この映画ではすべて不純物として削ぎ落とされる。ドラマは誇張のない現実感を常に保ち、静謐な表現の中に驚くほど透明度の高い詩情を獲得している。気品のある映画である。

サスペンス要素がなかろうと、主人公がソバ店に就職するころ観る者はすでに彼の心情に同化しているし、演出にシャープな潔癖感があるので最後まで心理的緊張が途切れることはない。強制送還の不安に揺れる青年の心理を繊細な演技で表現したルー・ユーライ、頑固一徹ではなく剽軽な茶目気やギャンブル好きの一面もある老職人を飄々と肩の力を抜いて演じた藤竜也、ともに素晴らしい。

そして何よりも、デビュー作でこの完成度に達した近浦啓という新しい才能の出現を祝福したい。

ただ一つ残念なのは、ドラマの余韻を断ち切るように、最後に突如テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」が大音響で鳴り響くこと。ドラマの中で主人公の恋のアイコンとして使われている曲なのだが、あれはどう考えても通俗歌謡だ。いくらテレサの歌がうまくても、映画のトーンとは異質と言わざるを得ない。

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