デジカメぶらりぶらり

デジカメのほやほやの写真をご覧下さい。

67回

2012-08-24 06:46:44 | Weblog
東京ドームの近くにたたずむ慰霊碑に、気付く人は少ない。刻まれているのは、沢村栄治、吉原正喜(東京巨人軍)、景浦将、西村幸生(大阪タイガース)ら、戦死した69人のプロ野球選手の名前だ。

名古屋軍の投手だった海軍少尉石丸進一の兄が、遺族代表として碑文を寄せている。20勝を挙げた1943年暮れ応召。45年5月11日、海軍の鹿屋基地で特攻隊員として出撃命令を受けた。

<白球とグラブを手に戦友と投球 よし ストライク10本 そこで、ボールとグラブと“敢闘”と書いた鉢巻を友の手に託して機上の人となった。愛機はそのまま南に敵艦を求めて飛び去った>

22歳という若さだった。伝説の投手沢村は、最前線で手りゅう弾を連投し投手生命を断たれた。3度目の赤紙を受け、乗っていた輸送船が東シナ海で撃沈され、帰ってこなかった。
27歳だった。

初代「ミスタータイガース」の景浦は2度目の応召先のフィリピンで戦死した。29歳。将来の球界を背負うはずだった多くの選手が戦地で命を失った。<野球がやれたことは幸福であった><死んでも悔いはない>。白球とともに届けられた石丸の遺書にはそう書かれていた。

悔いはない、は本心とは思えない。打ち砕かれた無数の夢や未来の上に、今があることを忘れたくない。戦後67回目の8月15日。