こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2011年7月8日 金曜日 夏のフェイバリッツ・11 「If You Want Me To Stay 」を巡って '81

2011-07-08 22:55:56 | 坂本龍一のサウンドストリート
先週金曜日、7月1日順天堂で神経ブロック注射をされて、びっこを引きずりながら、ふらふらと御茶ノ水から駿河台をくだり、神保町へ・・・。

「某」レコード・ショップのエサ箱をあさっていたら、スライ&ザ・ファミリーストーンのレコードがかかり「おおおっ」と思いながら、エサ箱をあさり続けた。

スライのLPレコードを通しで聴くというのは初めてだったが「坂本龍一のサウンドストリート」の1981年6月16日に教授がかけた「ランニング・アウェイ」「イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ」含めてかかり、心地良いレコード屋さんで過ごす貴重な時間。

店員さんとこのアルバムについて短時間語った後に、帰って調べると「イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ」は「フレッシュ」というアルバムに収まっていて、今日聴いたアルバムはそれなんだなとわかるが、ジャケット・デザインが余りにかっこ悪いので、音だけ聴きたい。


【アルバム「フレッシュ」】

教授のサンストのお陰で知ったこのスライだが、影響を受けた人は多い。
自分が夜の暗がりで、闇に光沢感を持って輝くベースとこの1981年6月16日に聴いた曲の記憶があるので、つい夏の夜とスライを結びつけてしまう。



■スライの「If You Want Me To Stay」1973■


なんで、1973年の「イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ」が、テクノ全盛の1981年にかかったか?には背景があった。



この1981年のニュー・ロマンティクス・ムーヴメントの裏の首謀者、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロとエンジニアのラスティ・イーガン(スティーヴ・ストレンジの「ヴィサージ」というユニットの音は、実際はほとんどこの2人が創っていた)がプロデュースしたロニーという男装した女性の麗人が「イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ」をカバーしていたことによる。

この12インチ・シングルは自分も持っているが、当時ほんの少しの時期だけ話題になった。

■ロニーの「If You Want Me To Stay」1981■


***

1982年5月に「YENレーベル」設立と新譜「フィルハーモニー」を引っさげて、「坂本龍一のサウンドストリート」に立花ハジメと共に出た細野さん。



この放送の中で、「LDK(リビング・ダイニング・キッチン)」という黒人音楽の影響の強いカッコイイ曲がかかったが、実はこの原曲は70年代にはすでに出来上がっていたそうである。
ただ、当時出来上がった曲は「もろスライ&ザ・ファミリー・ストーンの影響があり過ぎて」「恥ずかしかったので」オクラ入りとなっていた曲だという。

1981年「テクノデリック」でグイノリのファンク・ベースを弾いていた細野さんのベースのカッチョ良さを思い出す。

「フィルハーモニー」では、その原曲にさまざまな着色をして、テクノ色の強い曲に再度創り直している。

せっかくなので、このカッチョ良い細野さんの「LDK(リビング・ダイニング・キッチン)」もかける。

■細野晴臣「LDK(リビング・ダイニング・キッチン)1982■

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