
何かとてつもないワナにはまっていた。
過去のインディーズ、サブカルチャー。
大きな流れの流通に呑み込まれるのを拒否した記憶はいずこ?
本流の流れに従順に飼い慣らされるのを否定・無視すると言いつつ。
生まれたインターネット世界ですらも、こんにちでは、1つの流れがその中に出来てしまった。
そういう中に、自分も呑み込まれていた。
どうやら、今の自分に大事なのは、ケータイをいじることでもなく、情報にめざとくなることでもない。
誰も見向きもしない神保町の片隅で眠っている本を開いてみたり。
ゴミ屋敷の残骸の中に見つけたモノをムシメガネで、しげしげと眺めて何かを発見したり。
そんな類のことのようだ。
といいつつも、時間の多くは社会に掌握されている。
拘束から逸脱することには矛盾がある。
とりあえず出来うることは、権力闘争に明け暮れる人々を冷視しつつ、自分を進むこと。
分担分のことはちゃっちゃと、文句インネン付けられないよう、はようやって・・
イノチまで取られないようにせえへんとな。
男気だの・・熱意だの・・マインドだの・・
よくわからんうんちくゴネる、笑っちゃうアホが居るが、笑うしかない。
そこ、まで言うなら、あなたイノチ掛けるんですね?
そう尋ねれば、彼らの語る芝居は用意周到。
しょせんは芝居で、酒飲んでバクチして仲間でつるんでいるだけ。
そういう近くの毒を笑って流せ。
山椒魚は水辺に住むが、夜になると、ジャマの居ない夜間飛行に出る。
飛行だから空という訳でもない。夜の闇の波間に漂うだけ。
刻の流れは早いもの。
YMOの「テクノデリック」が発売されてから、今日で30年目の夜を向かえた。

■YMO 「灯」(Light in darkness)
1981年11月21日発売「テクノデリック」より■
明けてみれば忙しさに煩忙に理不尽がからまって雪崩のよう。
そして今日は大ボスに呼び出され、今から行ってきます。
次にここに来る時には、もっと何もできない状態になっているかもしれないので(笑)
いつもの身勝手な言い遺しです、ごめんなさい。
直球だけで馬鹿正直にやってきた結果ではありますが、
来ると分かって構えていても相手を押せる江川の直球ほどの重さは、私にはないのでしょう。
進退がかかった呼び出しとあって、
お守りにばあちゃんの写真でも抱えていようか
証拠を残すためにmp3でも借りておこうか
非現実から現実まで考えましたが、結局何も持たず。
こんな時、言葉は強いですね。
『彼らの語る芝居は用意周到。
しょせんは芝居で、酒飲んでバクチして仲間でつるんでいるだけ。
そういう近くの毒を笑って流せ』
が、あまりにもはまっていて、大きな勇気をいただきました。
「ココニイルコト」のせりふも、響きます。
『まあ、ええんとちゃいますかぁ~』
人に強要は嫌ですが、なかなか稀有な時間の流れをする映画。
しかし、さあて、どうしましょうかねえ。
『直球だけで馬鹿正直にやってきた結果ではありますが、来ると分かって構えていても相手を押せる江川の直球ほどの重さは、私にはないのでしょう』
自分の事も指しているようで、まるで射抜かれてるみたいな気分でもあります。
勝手言いますが、あらがわずに「かわす」でいいんじゃないですか?
クリンチしつつ、ミッションをかろうじて突破すれば。
などと自分に向けても言うわけですが(笑)
生真面目にしてるとコロッと憤死しますし。
などと言いつつ自分は、くたくたでつくばから電車で都内に戻る道中。
なんでくたくたか?
自らに問いながら。
…その通りやると目的に辿り着かないマニュアルの適当さのように、段取り踏むこと自体ワナのときも多くあるもの。
どんな手段用いても、最小限の力でロス無く、緩急付けるだけでいろどりを沿えたい。
変化球を持たない投手のピッチング手法みたいに。
何もしない、ということが最適な選択だったりする場面も多くあり、自分も気配を詠みつつ揺れながら水面下を進みたいと思います。