中学2年の後半から3年生を通して、神保町にある塾に通っていた。
2人の親に挟まれて、もんもんとしつつ・やむなく「通わされた」塾は多かったが、唯一と言っていいほど、ここだけは先生も仲間も好きで、通うのが楽しみだった。
大学生3人(友人2人+「たぶん」片方の彼女)が、靖国通り・専修大の交差点のビルの一室で教えていた、小さな塾。
2人の先生は、まるで兄貴分みたいに、とても身近で親身な人だった。
また、ここでは普段交流の無い、ヨソの九段中学らの同級生と出会い・友だちになった。
ひたすら、放浪し、街の風に漂っていた者が、居場所を見つけた感じがあった。
家でも学校でもない、貴重な第三の空間。
十数人程度での、なごんだ授業。
ツッパリもいれば、可愛い女の子もいて・・・気の良い人が多かった。
その塾に通うのに、自分は九段会館付近の東西線・九段下駅出口から、外に出ていた。
(当時、都営新宿線はあっただろうか?)
そして、神保町に向かっててくてく・・・靖国通りをよく歩いた。
歩くと、俎橋(まないたばし)という風情ある橋を渡る。
(夏にセミが鳴く中、ギラギラとアスファルトに光が反射する中、橋を渡ったシーンが思い出される。)
橋の上には首都高速。
その高速をくぐると、向かって左側に古い歴史的建物「九段下ビル」が現れた。
昭和二年に建てられた建物。
当時は、カメラなど持っていなかったから、写真には納めることなく、ただ歩いて・見る。
それだけを楽しんだ。
***
・・・・あの地点から30年。
2011年末のハブ噛み師匠・MZ師との歩き旅。
本郷の宿で一泊二日の、昨年最後の集まり。
御茶ノ水で待ち合わせ、駿河台を下り、神保町を通って、靖国神社に向かう途中。
いつもの通り現れた「九段下ビル」。
この年末12月30日の眺望は、「九段下ビル」解体決定後の残り時間無き中。
これが、長年見てきた「九段下ビル」への最後のあいさつの日となった。
この休みに、雨の中歩くと、えぐられるように更地と化していた。
「九段下ビル」も約85年の歴史に幕を下ろした。
***
■2011年12月30日撮影
■2012年5月4日撮影
2人の親に挟まれて、もんもんとしつつ・やむなく「通わされた」塾は多かったが、唯一と言っていいほど、ここだけは先生も仲間も好きで、通うのが楽しみだった。
大学生3人(友人2人+「たぶん」片方の彼女)が、靖国通り・専修大の交差点のビルの一室で教えていた、小さな塾。
2人の先生は、まるで兄貴分みたいに、とても身近で親身な人だった。
また、ここでは普段交流の無い、ヨソの九段中学らの同級生と出会い・友だちになった。
ひたすら、放浪し、街の風に漂っていた者が、居場所を見つけた感じがあった。
家でも学校でもない、貴重な第三の空間。
十数人程度での、なごんだ授業。
ツッパリもいれば、可愛い女の子もいて・・・気の良い人が多かった。
その塾に通うのに、自分は九段会館付近の東西線・九段下駅出口から、外に出ていた。
(当時、都営新宿線はあっただろうか?)
そして、神保町に向かっててくてく・・・靖国通りをよく歩いた。
歩くと、俎橋(まないたばし)という風情ある橋を渡る。
(夏にセミが鳴く中、ギラギラとアスファルトに光が反射する中、橋を渡ったシーンが思い出される。)
橋の上には首都高速。
その高速をくぐると、向かって左側に古い歴史的建物「九段下ビル」が現れた。
昭和二年に建てられた建物。
当時は、カメラなど持っていなかったから、写真には納めることなく、ただ歩いて・見る。
それだけを楽しんだ。
***
・・・・あの地点から30年。
2011年末のハブ噛み師匠・MZ師との歩き旅。
本郷の宿で一泊二日の、昨年最後の集まり。
御茶ノ水で待ち合わせ、駿河台を下り、神保町を通って、靖国神社に向かう途中。
いつもの通り現れた「九段下ビル」。
この年末12月30日の眺望は、「九段下ビル」解体決定後の残り時間無き中。
これが、長年見てきた「九段下ビル」への最後のあいさつの日となった。
この休みに、雨の中歩くと、えぐられるように更地と化していた。
「九段下ビル」も約85年の歴史に幕を下ろした。
***
■2011年12月30日撮影
■2012年5月4日撮影
十数人程度での、なごんだ授業。
ツッパリもいれば、可愛い女の子もいて・・・気の良い人が多かった。』
かたちんば少年が過ごした塾の光景に、
「なぞの転校生」が浮かびます。
(あれは学校が舞台でしたが)
ジュブナイルと呼ばれるジャンルでしょうか、よく読みましたが、
実際の子ども達の生活にも、今思うと、あれは本当だったのかと感じるような不思議な仲間や出来事があった気がします。
そんな時代を識っている九段下ビルのたたずまいを見ながら、
これからの建物を数十年後に古き良きものとして愛でる人が、果たしてどれだけ居るのかと考えます…
一雨ごとに緑が色濃く…なんて風流さのかけらもない突然の豪雨の日々。
夕べはお帰りに当たりませんでしたか。
毎日同じ天気予報のようですが、今夜もお気を付けください。
行ってらっしゃい、行ってきます。
睡眠導入剤を飲んで床に入っても眠れない・もしくは1~2時間で起きて、以降眠れない。
金縛りじゃないですが、目を覚ますと暗闇に恐怖して、冷や汗をかき・血の気引いたまま動けなくなったり。
四日も休みを取ると、逆に狂いが生じる。
困ったものです。
***
伊集院光さんの語りは、自分が忘れてしまった、コドモ時代の微妙な心理を浮かび上がらせます。
見事な語り口。
かつて、三十そこそこの立花ハジメさんが、人は忘れてしまいそうなコドモ時代を、オトナになってから再構築しようとする、
自分の作品には、それが盛り込まれている。
そう言っていたのを思い出します。
私自身も、赤い字がひとつもないカレンダーで仕事している分にはよいのですが、
一歩外へ出ると、そのギャップとの歪みに感覚が狂います。
夢かまぼろしでも見られればまだしも、例年より早く蕁麻疹が(+_+)
あちこち掻きながら、久しぶりに起きています。
昨日は研修に向かう際に、丸ノ内線に乗りました。
神田川の上にほんの僅か出る瞬間だけは、ひとり嬉々(笑)
いつも見おろしている川面に自分が居るのは、なぜか小人になった不思議な感覚でした。
こうしてどこへ流れてゆくのやら…
ジプシーも、川面の花びらや落ち葉のように、行く先々でくるくると留まったり、外れてのまれたり。
「ブレーメンの音楽隊」は濁流を流れてきたもの同志の、(「正」の)化学変化の一例ですね。
だから当初の目的であろうがなかろうが、ブレーメンが終の棲家にならなかったことは問題ではないと思います。
眠れない時は、考えれば考えるほど眠れないものですね。
すでに何度もお試しとは思いますが、かかと~足首周りが硬くなっていると思いますので、足のマッサージをされてみては。
足が温まると少しましかもしれません。
ロバさん・ネコさん・イヌさん・ニワトリさんたちの愉しい夢が見られますように。
しかし8時には目覚めます。
「ああ、今日も調子悪いなあ」
じんましん、大変ですね。
出来るだけやらわかい衣類、それに、シャワーでしょうか。
自分も昨年夏に、原因不明の湿疹に苦しんだので、逆に眠れないのはさくりんさんではないですか?
自分も実は今週、ちらっと皮膚に斑点が出てあせりましたが、それだけで済んでいます。
***
丸の内線の神田川に出る数秒!
自分も大好きです。
目線が低いので、小人という感じ、わかります。
最近はヨガマットを丸めて、その上でごろごろして、コリをほぐすようにはしています。
足首は、寝て足を組んで、もう1つの足で負荷を掛けてマッサージしています。
外は晴れていますが、相も変わらずごろごろの土曜です。