岩戸落葉神社を後にし、京北井戸町にある光厳法皇ゆかりの常照皇寺に来ました。
常照皇寺は定治元年(1362)に開かれた臨済宗天龍寺派の禅寺です。
ちょうど南北朝時代で吉野の南朝と京都の北朝とで60年余りにわたって皇位を争っていた時期です。
光厳法皇は40歳を過ぎる頃、禅の修行に入られ戦乱で亡くなられた方の慰霊の巡業を重ねられ、この地の無住の廃寺を改修、住持となられました。
こちらで生涯を終えられ常照皇寺の裏山に"山国陵"として葬られました。
庭園は京都府の史跡指定を受けており、「九重桜」は国の天然記念物です。
今の「九重桜」は二代目だそうです。また、御所から株分けされた紫宸殿前「左近の桜」や一重と八重がひと枝に咲く「御車返しの桜」など桜の名木が多いです。
前回訪れた時には受付に誰もおられず拝観料を置いて拝観する、、、非常にユルイお寺です。
今日は土曜日なのか受付の方がおられ念願の御朱印を授与して頂きました。
常照皇寺は定治元年(1362)に開かれた臨済宗天龍寺派の禅寺です。
ちょうど南北朝時代で吉野の南朝と京都の北朝とで60年余りにわたって皇位を争っていた時期です。
光厳法皇は40歳を過ぎる頃、禅の修行に入られ戦乱で亡くなられた方の慰霊の巡業を重ねられ、この地の無住の廃寺を改修、住持となられました。
こちらで生涯を終えられ常照皇寺の裏山に"山国陵"として葬られました。
庭園は京都府の史跡指定を受けており、「九重桜」は国の天然記念物です。
今の「九重桜」は二代目だそうです。また、御所から株分けされた紫宸殿前「左近の桜」や一重と八重がひと枝に咲く「御車返しの桜」など桜の名木が多いです。
前回訪れた時には受付に誰もおられず拝観料を置いて拝観する、、、非常にユルイお寺です。
今日は土曜日なのか受付の方がおられ念願の御朱印を授与して頂きました。