京都つれづれなるままに

京都好きの旅日記。お寺、神社、グルメからスイーツまで!思いつくままに。

紫翠ラグジュアリーホテル奈良 奈良県旧知事公舎

2024年01月31日 07時05分00秒 | 日記
 1月25日は、旧奈良県知事公舎だった施設がラグジュアリーホテルに改装されました。まいまい京都のツアーで館内見学とコースランチを頂きました。











特に茶寮は元は旧興福寺の寺院「世尊院」だっただけに建物に歴史を感じます。

そんな歴史ある建築物を世界的建築家の隈研吾氏がデザインや、インテリアを手掛けられました。



こちらの部屋は、昭和天皇がサンフランシスコ講和条約の批准書にサインされた歴史の1ページとなった部屋です。











待合に通されたのは「迎賓の間」(ラウンジ)
館内には大正ロマンが満ちていて、調度品にも日本の"和"を感じます。

この土地と建物を購入したのは世界最大手ホテルグループのマリオット。
マリオットの方針では、元の土地や建物をなるべく残して後世に伝える事をホテル建設の大方針とされています。

他の外資に購入されなくて良かったです。









敷地内にある旧「世尊院」をリノベーションした茶寮では、宿泊者だけではなく、一般の方も利用する事ができます。

こんな素敵な"和"の雰囲気の中で一服すると明治・大正時代にタイムスリップしたような感じになる事でしょうね。



道路を挟んで東側は宿泊棟になっています。
こちら側は新築された建物です。





門を入って左側にある建物はサウナ施設ださうです。
全くサウナには見えないです。











室内には"木"がふんだんに使われていて、日本人でも落ち着いた"和"の雰囲気を存分に楽しむ事が出来ます。

また、庭園も素晴らしく早朝に散策するのもいいでしょうね。









客室もマリオット基準に基づいた清潔感、開放感いっぱいの部屋です。
調度品にも"和"を感じます。













ランチコースです。

さすがはマリオットのラグジュアリーホテルだけあり、京都の有名料亭にも見劣りしない充実ぶりです。

コースの最後の水物には和菓子とお抹茶が出され、しっかりと古都奈良に溶け込んでいます。

奈良や京都の大切な文化財、、、潰して建て替えのではなく、それらを活用し生かし再生された好例だと思いました。







庭園には早咲きの紅梅が咲いていて、少し春の雰囲気を楽しみました。



若草山焼き

2024年01月30日 07時23分00秒 | 日記
 1月27日は、京都から奈良へ移動。
やって来てのは若草山です。







JR東海ツアーズのEX会員向けの特別観覧席を予約していました。

特別観覧席と言ってもパイプ椅子ですが、山の麓の平らな地面なので快適に観賞出来ます。







山焼きをして新芽の発芽を促すだけだと思っていましたが、若草山麓の野上神社や春日大社、東大寺、興福寺とが神仏習合した"神事"のひとつとして行われています。

関西では、古都奈良に春を告げる伝統行事として親しまれています。

春日の大どんどから分けられた御神火から分火された火は、それぞれ担当エリアの消防団員に分火されます。









その前の18時15分からは"大花火打ち上げ"が行われます。

凛とした空気の中、冬の花火もいいものです。 



その後、18時30分から若草山に一斉点火されます。







麓から次第に山頂に向けて燃え上がる炎は間近でしか体験出来ない光景です。

一説には山頂にある鶯塚古墳に葬る霊魂を鎮める為の祭礼、供養が起源と言われています。
こんな立派な祭礼や供養が行われる古墳の被葬者が気になりますね。

facebookに投稿されている方で33年間、若草山焼きにご奉仕されている方のお話では、過去最も綺麗に焼けた山焼きだったそうです。

そんな神事でもある若草山焼きを間近で観賞出来、ありがたい気持ちになりました。



帰り道で近鉄奈良駅手前で振り向くと、まだ山頂付近は燃えていて、月との風景が印象的でした。

若草山焼きが終わると東大寺二月堂では天平勝宝4年(752)、東大寺開山・良弁僧正の高弟だった実忠が創始されて以来、途絶える事なく令和5年で1272回続けられている修二会(お(水取り)が行われます。

このお水取りが終わると関西に春が来ると言われています。

現在では3月1日より2週間にわたって行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになりました。
また二月堂の名もこのことに由来しているそうです。

今年は修二会も見学したいと思っています。






高台寺夜咄(よばなし)茶会

2024年01月29日 07時23分00秒 | 日記
 1月21日は、高台寺の夜咄茶会に参加しました。





16時に集合の後、茶室・湖月庵へと向かいます。






受付の後、待合に通されます。





待合掛物は黙雷筆の「富士画賛」
しばし談笑の後、準備された懐紙と菓子切りを持って本席へと案内されます。

と言うのも、今回の茶席は高台寺の会員組織"湖月会"の会員さんと同伴者だけの気楽な?茶会です。

惜しくも昨年10月で解散となってしまっちJR東海「そうだ 京都、行こう。」の旧メンバー5名と女性ふたり組の7名だけの"身内だけの茶会"の雰囲気です。

席主は高台寺塔頭月真院の南地和尚さま。
ご自身の事や和尚になったきっかけ、建仁寺の修行道場・霊洞院での修行時代のお話、自坊の月真院の事、修行時代に得た事などを得意の?大きな声でお話して下さいました。

修行時代を通して"禅の教え"で大切な事は過去を振り返ったり、未来に理想を抱くのでは無く、「今を大切に一生懸命に生きる事」だったそうです。
ご自身の事を包み隠さずお話され、共感する事が多かったです。

昨年と同様に主客にして頂き辻野さんが立てられたお抹茶を頂きました。

お抹茶は祇園辻利さん、菓子は建仁寺・高台寺御用達の和菓子店・松寿軒さんの和菓子です。

和蝋燭だけの幻想的な雰囲気の中、お抹茶が2幅振る舞われます。

茶事が終わると、お道具を拝見します。



主客の茶碗には辰年に相応しい龍が描かれています。









炉淵には高台寺方丈建立時の古材が使われています。









高台寺での茶事の後、塔頭寺院の圓徳院、掌美術館を観賞し、点心席の高台寺羽柴へ。







窓からは八坂の塔が遠望出来ます。

円山公園内に店を構える"いそべ"さんの支店です。
湯葉料理を得意とされ、提供される湯葉は清水寺近くの湯葉工房で作られています。

元離宮二条城の香雲亭(通常非公開)で毎年の夏には朝食を、1月、2月の早春には昼食を事前予約制で提供されています。



誰もいない台所坂を撮影出来るのも、この時だけの特権です。

夜咄茶会のスケジュールには、最後にライトアップされた高台寺を拝観しますが、そこは京都通の方ばかりなので辞退し、解散となりました。

真冬の凛とした空気感の中での茶事はいいものです。





梅田スカイビル-建築家・原広司氏の美学に触れるアートツアー

2024年01月27日 09時43分00秒 | 日記
 1月14日は、大阪駅北側に広がる新梅田シティの中核施設の「梅田スカイビル」に行って来ました。









平成5年(1993)に世界初の連結超高層建築として竣工しました。
長年、大阪に住みながら初めての訪問です。

地上40階、地下2階建で高さは173mあります。



設計は京都駅ビルや札幌ドームの設計者として知られる建築家の原広司氏です。

梅田スカイビルでは世界初のワイヤーリフトアップ工法が採用されました。
① 2棟のビルを最上階まで立ち上げ
② 空中庭園の基礎を地上で組み立て
③ 1分間に35cmずつ吊り上げる工法です。





平成4年(1992)5月18日の7時に作業が開始され、リフトアップに7時間、取り付けに7時間を要し、作業開始から14時間後の21時に無事に終了しています。









ツアーガイドの高瀬さんの案内で館内を巡ります。(この日はリクエスト日で参加者は私ひとりだけでした。)

地下1階にはレトロ食堂街「滝見小路」があり、大正浪漫の流れを汲みながら激動の時代を乗り越え、高度経済成長期を迎えた「昭和」、そして毎日毎日目新しくなっていくそんな昭和の町並が再現されています。













また、梅田スカイビルの中は小さな「アートギャラリー」でもあります。

アートディレクターとして著名か北川フラム氏によるものです。

20世紀を代表する建築物・梅田スカイビルに合わせて、20世紀を代表する美術の流れがわかる作品が展示されています。

最初の写真のブロンズ像はオーギュスト・ルノワールの作品です。
印象派の画家として有名なルノワールですが、晩年には彫刻に興味を持ち作品を制作しています。

39階のレストランフロアに戻りツアーは終わりです。
後は、中国料理店「燦宮」でコースを頂きます。









先ずは中国茶が3種類出されテイスティングします。















窓際の席だったので39階からの展望と料理が一緒に味わえます。

















金華ハムやフカヒレなどの高級素材が使われています。
ハンバーグの様な料理は「酢豚」と「黒酢」だけで勝負した一品です。
味が濃い印象ですが、豚の脂分を黒酢とが見事に調和していて、非常に美味しかったです。

一品一品の素材と調味料との融合、料理人の匠の技とが絶妙なコースで非常に満足しました。













 





40階からは有料エリアです。
建築家・原広司が最も造りたかったエリアだと思います。

眺望は素晴らしく360°見わたせます。
西に目を向けると明石海峡大橋が、南東には"我が聖地"の京セラドーム大阪府も見えます。







1993年の竣工からはや30年を経過していますが、今だに新しさや斬新さを感じるのが原広司の"建築の美"なのかも知れないです。









エリア内には緑も多く、オフィス棟で働かれている方々の憩いの場所になっています。

東側に2013年に造られた「希望の壁」は"訪れる人々に癒しの時間を与え、それぞれの心と心を繋いで欲しい-そして大阪の街を緑いっぱいにするための原動力となって欲しいとの願いが込められています。

竣工から30年も経過しての初訪問でしたが、今も輝き続ける新梅田シティの取り組みに感銘を覚えました。


乙文 太夫の会 新年祝

2024年01月26日 07時22分00秒 | 日記
 1月20日は、仕事を15時半に切り上げて京都島原にある京料理の名店「乙文」さんへ。





「乙文 太夫の会 新年祝」に参加しました。







女将さんの挨拶の後、島原に幕末から唯一残る格式高いお茶屋・輪違屋十代名当主の高橋利樹さんから島原の歴史についてのお話や太夫と芸舞妓との違いを詳しくお話頂きました。







輪違屋さんには5名の太夫が在籍していて、その中でも最も若い桜木太夫さんのご登場です。


島原の太夫は、正五位の位を有し知識、品格、遊芸とすべてにおいて極上、大名や公家たちのお相手を務めた芸妓の最高位です。


「太夫道中」や顔見せの儀式「かしの式」、
お点前、舞・胡弓などの技芸。
京料理やお酒を味わいながら、粋と艶を極めた絢爛な饗宴を堪能させて頂きました。

















出された料理もおせち料理を思わす八寸から始まり、吸物、刺身、椀物と続きます。

お寿司は京の冬の風物詩のひとつ"蒸し寿司"です。
錦糸たまごの下には穴子や銀杏をはじめ多くの具材が入ったいて、ほかほかの蒸し寿司はやっぱり美味しいです。

白魚の天ぷらにご飯、水物と京料理のフルコースです。

乙文さんの店舗の2階が座敷ですが、1階は全て厨房スペースになっていて、今も地元に愛される仕出し屋さんでもあります。

"仕出しをメインに商売をされているお店にハズレは無い"が僕の数少ない経験からの"勝利の方程式"です。

食事の間には桜木太夫とご当主が回って来られ島原談議にが咲来ます。

桜木太夫は地元出身の方で、小さな頃から太夫に憧れを持っていたそうです。
太夫に必要な演芸を身に着けられ、昨年10月に店出しされた太夫ほっかほっかの方です。









まだ20才の桜木太夫さん、、、ピチピチ感も満載です。