2.長期経済停滞の実態
・GDP成長率にみる日本経済の動向
90年代以降の日本経済の長期停滞は、GDP(国内総生産)の推移に示される。GDP成長率は93年に名目、実質でそれぞれマイナス0.1%、マイナス0.5%と、74年以来のマイナスを記録する。その後、成長率は97~98年の金融恐慌、01年のITバブル崩壊などによって、たびたびマイナスを記録しながら長期的に低迷し、とくに08年度、09年度にはサブプライム金融危機の影響で名目、実質ともに大きく落ち込んでいる。途中、04年~07年にかけては、輸出の増大によってわずかにプラス成長を記録したが、その伸び率は名目でわずか1%前後でしかない。
成長率の低迷は、直ちに経済の停滞や国民生活の悪化を示すとは限らない。逆に成長率が上昇しても、それが国民生活の向上を意味しないこともある。雇用なき景気拡大、好況感なき景気拡大と呼ばれるものがそれである。だが、90年代以降の20年にも及ぶ成長率の低迷は、失業率の上昇や所得の減少といった国民生活の悪化をともなうものであった。このことは、今日の日本経済の停滞を、単純にサブプライム金融危機によるものだと片付けるわけにはいかないことを意味する。
国民生活の悪化は、内需不足を引き起こし、日本経済を長期に停滞させてきた。需給動向を示すGDPギャップは、90年代を通じて徐々に需要不足を意味するマイナス傾向を示し始め、現在でも政府の統計では金額にして、約20兆円から30兆円の需要不足状態にあるとされている。
・日本経済の地殻変動
また停滞は、単に内需の不足だけではなく、成長構造の変容をともなっている。すなわち、輸出の拡大が国内の設備投資を拡大し、それが雇用と所得の増大、消費の拡大を促すといった成長構造が崩れ始め、輸出の増大が必ずしも投資、雇用に直結しない構造に変容し始めているということである。
90年代になると輸出が93年度、98年度をのぞいて前年比で高い伸びを示す一方で、同じ時期に設備投資は95~97年度にかけて増大しただけで、あとはすべてマイナスを記録している。このように、停滞は海外市場の急変による突発的要素や循環的な要素を持ちながらも、慢性的な需要不足と成長構造の変容という日本の経済構造の地殻変動をともなっていると考えられる。
設備投資は、90年代を通じて停滞した後、03年~07年度にかけて輸出が毎年10%前後で増大したことをうけてプラスを記録したが、08年度にはマイナス6.8%、09年度にはマイナス15.3%と激しく落ち込んでいる。設備投資の停滞は、雇用に影響を与える。
完全失業率は、94年に統計開始以来はじめての3%を超え、98年には4%を超え、01年夏には5%を超え、09年7月には統計開始以来最悪の5.7%を記録している(総務省「労働力調査」)。また先の『産業構造ビジョン2010』でも、現在の潜在的な失業者数を905万人(潜在失業率13.7%)と推計している。このように雇用環境は90年代に入って短期間に急激に悪化している。
失業率は04年の人手不足から一旦4%台に下落する。だが、これは04年に解禁された製造業の派遣労働を契機にした、非正規労働者の雇用増大によるものであって、正規労働者は逆に減少している。また08年以降は、派遣労働者も削減され、それとともに失業率は再び上昇傾向をしめし、有効求人倍率も長期にわたって低迷し続けている。
失業率の上昇は企業倒産の増大をも反映している。企業倒産件数は01年の1万9164件をピークに05年の1万2998件まで減少傾向を示したが、その後再び増大し08年には1万5646件に上っている(東京商工リサーチ『2009年企業倒産白書』)。
また失業率の上昇とともに、生活保護世帯も増大し、95年度を底に生活保護受給世帯、受給者数ともに増大し続けている。その数は、09年度ではそれぞれ約127万世帯、約176万人に達している。
雇用環境の悪化とともに、雇用者報酬も減少し続けている。雇用者報酬の伸び率は、94年頃から急激に低下し始め、98年以降はほぼ慢性的にマイナスを記録している。つまり企業の設備投資が増大しても、雇用者報酬が伸びないどころか、減少しているということである。そしてこのような長期にわたる雇用環境の悪化、個人所得の減少が、家計の消費を冷え込ませ、内需の深刻な悪化を招いているのである。
家計の消費支出は、95年頃から今日に至るまではほぼ一貫して減少し続けている(総務省「家計調査報告」)。また消費支出と並んで家計の貯蓄率も低下し続けている。貯蓄率は76年の23.2%をピークに低下し続け、00年にはついに10%を割り込み、08年には2.3%にまで低下している。これは消費が増大したからではなく、可処分所得の減少によって貯蓄に回す分が減少していることによる。
消費が停滞している以上、当然ながら諸物価も下落する。消費者物価は95年を起点に、企業物価は92年を起点に下落し始め、現在も下落し続けている。また、このようなデフレと呼ばれるような長期の物価下落のために、実質成長率が名目成長率を上回るという名実逆転現象が長期にわたって続いている。
以上のような内需の停滞は、企業の内需離れをもたらす。それは、いっそうの輸出強化と生産現場の海外移転といった動きとなって現れる。とくに2000年代に入ってから、日本企業の中国での現地法人設立が急増し、08年度現在で日本企業の現地法人全体に占める中国での比率は29.1%に達している(経済産業省「平成21年度海外事業活動基本調査」)。また生産現場の海外移転は、国内工場の閉鎖による地方経済の衰退や生産現場の海外移転成功した企業とそれ以外の企業の収益格差など、国内経済の停滞や歪みを拡大する。
さらに内需の停滞は税収の減収をもたらし、無駄遣いなどの失政とあいまって国家財政の悪化をもたらしている。国の税収は90年度に戦後最高の約60.1兆円に達した後減少し始め、04年度から07年度にかけて増大傾向を示したが、08年度からは再び大幅な減少に転じている。地方税収もほぼ同じような傾向を示している。このような税収減とともに、国債発行残高も増大し続け、その額は09年度末には約600兆円に達し、その対GDP比率も122.2%と過去最高を記録している。国の債務の増大とともに、所得に占める租税と社会保険料などの負担割合を示す国民負担率も上昇し続け、80年代に30%台に達した後、08年には40%台に達している。
このように、国民生活はもとより、経済も財政も窮地に陥っているのだが、その原因はどこにあるのだろうか。次に、経済の停滞を生みだした基本構造についてみる。